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宇宙から降り注ぐ謎の球体:スペース・ボールの正体

· 約120分
gh_20260727_space_ball.jpg

(全体俯瞰 : AI 生成) click で拡大 (注意 : Betz ball に関する内容は完全に AI 幻覚)

前置き+コメント

以下の Web 記事、

https://www.tarrdaniel.com/documents/Ufology/space_balls.html

を AI で整理した。ついでにテキストだけ和訳(via DeepL)した。Web 記事に埋め込まれた多数の画像は見る価値があるが、手間なので以下に画像添付することは省く。


冒頭の Infographic の右上にある Betz 球体についての記載は全くの嘘(= AI hallucination)になっている(*1)。

実際、この同じ情報源サイトの同じ著者(Daniel Tarr)の別記事

The Betz Sphere

では、Betz Sphere は正体不明と結論づけている。

(*1)

hallucination であることを指摘した上で infographic を再生成しても良いのだが、AI の幻覚事例として面白いのでこのまま残しておく。いずれ、「そういえば、初期の AI には幻覚というものがあったなぁ」…と懐かしく思う筈。


以下、情報源を NotebookLM で整理した内容。

要旨

この資料は、世界各地で発見され、しばしば「ミステリー・サークル」やエイリアンの技術と誤解される‌‌球状の落下物体(スペース・ボール)‌‌について詳しく解説しています。

実際には、これらは空から降ってきた‌‌宇宙ゴミ‌‌であり、主にロケットの推進システムに使用される‌‌チタン製の圧力容器‌‌や燃料タンクの残骸であることが科学的に示されています。

記事内では、‌‌ベッツ・スフィア‌‌やナミビアでの発見例など、数十年間にわたる具体的な事案を写真とともに列挙し、その出所を特定しています。また、多くはアメリカの‌‌デルタロケット‌‌やロシアの宇宙船に由来する部品であり、大気圏再突入の過酷な熱に耐えて地上に到達したものです。

このように、一見すると超常現象のように思える物体の正体が、実は‌‌人類の宇宙開発‌‌に伴う副産物であることを包括的に説明しています。

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目次

  1. 前置き+コメント
  2. 要旨
  3. スペース・ボール:大気圏再突入を生き延びる人工天体の実態と分析
  4. 世界各地で発見された謎の「スペースボール」と宇宙ゴミの記録
  5. 定義と概要
    1. スペースボールの定義
    2. 物理的な特徴と概要
    3. 発見の背景と社会的影響
  6. 科学的・技術的説明
    1. スペースボールの正体と役割
  7. 主要な落下・発見事例
    1. スペースボールの主要な落下・発見事例の概要
  8. 組織と国際規定
    1. スペースボールに関わる主要な組織と機関
    2. スペースボールの回収に関する国際規定と条約
  9. 情報源

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スペース・ボール:大気圏再突入を生き延びる人工天体の実態と分析

エグゼクティブ・サマリー

世界各地で報告されている謎の球体、通称「スペース・ボール(Space Balls)」は、多くの場合、未確認飛行物体(UFO)や宇宙人のテクノロジーと推測されるが、科学的分析によれば、そのほとんどが地球製の人工衛星やロケットの残骸(宇宙ゴミ)である。

これらの物体は、宇宙船の推進システムに使用されるチタン製の圧力容器や燃料タンクであり、その球状の形態とチタン合金の高い耐熱性により、過酷な大気圏再突入を耐え抜いて地上に到達する。本資料では、これらスペース・ボールの正体、物理的特性、および世界各地での主要な発見事例を網羅的に分析する。

  1. スペース・ボールの定義と科学的解明

「スペース・ボール」とは、空から落下してくる特殊な宇宙ゴミの一種である。定期的に世界各地で発見されており、以下の特徴を持つ。

  • 科学的正体: 主にロケットや宇宙船の推進システムに組み込まれているチタン製の圧力球体(ヘリウムや推進剤の貯蔵用)や、鋼鉄製の推進剤タンクである。
  • 生存の理由: 大気圏再突入時の高熱により多くの部品は燃え尽きるが、チタン合金は融点が高く、また球体という形状が構造的に強固であるため、完全に破壊されずに地表に激突することが多い。
  • 一般的な起源: 米国の「デルタ・ロケット(Delta Rocket)」シリーズや、ロシア(旧ソ連)の「プログレス」「ソユーズ」「サリュート」などのロケット部品が頻繁に確認されている。
  1. 物理的・技術的特性

回収されたスペース・ボールの多くに共通する物理的特徴は以下の通りである。

特性詳細
材質チタン合金(特にTi 6Al-4V)、ステンレス鋼、炭素複合材など。
形状とサイズ直径は約35cmから1.2m程度まで様々。重量は6kg〜70kgに及ぶ。
表面の状態大気圏再突入による熱で生じた「アブレーション(焼損)」跡、黒い焦げ跡、溶けた金属の流動線が見られる。
微小隕石の痕跡長期間宇宙空間に滞在していた個体には、微小隕石(マイクロメテオロイド)の衝突による小さなクレーターが無数に確認される。
構造的特徴2つの半球を溶接した継ぎ目、配管用のプラグ、接続用のナット、シリアル番号やキリル文字の刻印などが見られる場合がある。
  1. 世界各地における主要な発見事例

過去数十年間にわたり、北米、南米、アフリカ、オセアニアなど、広範囲で発見が報告されている。

北米地域

  • ベッツ・スフィア(フロリダ州、1974年): 最も有名な事例の一つ。
  • アラバマ・ボール(1979-1982年): 回収時に消防、ヘリコプター、軍らしき要員が出動し、防護服を着た作業員が白い球体を回収した様子が目撃されている。
  • テキサス州ブナ(2013年): ディーン・ゲンツ氏の所有地周辺で短期間に4つのチタン製球体が発見された。分析の結果、航空宇宙産業で使用される「チタン6-4」であることが判明した。
  • ワイオミング州(2011年): ロシアのロケット「ゼニット3F」の圧力球体が落下。発見時にはまだ温かかったと報告されている。

オセアニア地域(オーストラリア・ニュージーランド)

  • アシュバートン(ニュージーランド、1972年): ソ連の金星探査機に関連するロケット「コスモス482号」の残骸とされるチタン球体が5つ発見された。
  • ベラタ・ボール(オーストラリア、1960年代-70年代): キリル文字が刻印されており、ソ連製であることが確認された。
  • アジェナD球体(オーストラリア、1970年代): 米国の無人標的機アジェナDから脱落したガス貯蔵用チタン球体。

その他の地域

  • ナミビア(2011年): 北部の村に直径35cm、重量6kgの球体が落下。付近では落下の数日前に爆発音が聞こえていた。後にソユーズUロケットの部品と推定された。
  • ブラジル(2012年): アナプルスに球体が落下し、カシューナッツの木をなぎ倒した。アリアン44Lロケットの部品と考えられている。
  • サウジアラビア(2001年): 重さ約70kgのチタン製モーターケース(PAM-D)が砂漠で発見された。
  1. 宇宙ゴミの現状とリスク評価

スペース・ボールの頻繁な落下は、軌道上の宇宙ゴミ増加という深刻な問題を反映している。

  • デブリの総数: NASAおよび国家研究評議会の報告によれば、軌道上には追跡可能な22,000個以上の破片があり、追跡不可能な数百万個の小さな破片が存在する。
  • ティッピング・ポイント: 宇宙ゴミの密度は、互いに衝突してさらに破片を増やす「限界点(ティッピング・ポイント)」に達している。
  • 地表への影響: 地球には広大な海洋と無人の土地があるため、人間に衝突する確率は極めて低い(推定3,200分の1)。しかし、建物や樹木への被害は実際に報告されている。
  • 国際条約: 1967年の宇宙条約および1968年の宇宙物体救助返還協定に基づき、発見された残骸は所有国に返還される義務がある。例として、モンゴルに落下したデルタIIロケットの部品は米空軍によって回収された。
  1. 結論

「スペース・ボール」は、その外観の奇妙さからUFO現象と結びつけられがちであるが、実際には人類の宇宙進出に伴う物理的な副産物である。これらの物体は、航空宇宙工学における高い技術(特に耐熱材料としてのチタンの利用)を証明すると同時に、深刻化する軌道上のデブリ管理という課題を、地上に突きつける警鐘としての側面も持っている。

世界各地で発見された謎の「スペースボール」と宇宙ゴミの記録

発見日発見場所物体名称・種類材質寸法・重量推定される由来・ロケット特徴・状態
1991年2月7日アルゼンチン、カピタン・ベルムデスチタン製ヘリウム圧力容器主にチタン直径 14インチ (約35.56cm)、重量 7.4kgソ連のサリュート7号 / コスモス1686号表面に数百の微小隕石によるクレーター。激しい焦げ跡と溶融金属の流動痕。
2013年2月20日以前アメリカ、テキサス州ブナチタン製圧力容器(ブナ・スフィア)チタン合金 (Ti 6Al-4V)直径 13.75インチ、外周 43.25インチ、重量 7.3kg中国の長征4号Bロケット (CZ-4B) の可能性溶接された赤道帯、溶融したプラグ、アブレーションとピッティング痕。付近で合計4個発見。
1988年4月西オーストラリア州の砂漠小型圧力容器チタン直径 0.37m、容量 6.5ガロンロシアのフォトン1号 (Foton 1) 衛星微小隕石の衝突痕、アブレーション(溶融剥離)の痕跡が明瞭。
2011年11月中旬ナミビア北部中空の球体(圧力容器)既知の金属合金直径 35cm、外周 1.1m、重量 6kgソユーズUロケット(プログレスM-13M打ち上げ用)表面は粗く、2つの半分を溶接したような外観。落下地点にクレーターを形成。
2012年2月22日ブラジル、アナプルス(マラニョン州)チタン製球体チタン合金調理用ガスボンベほどのサイズアリアン44Lロケット (1997-16C)落下時に木に衝突。大きなへこみとアブレーション痕がある。
2011年3月21日アメリカ、ワイオミング州圧力容器チタン直径 30インチ (約76.2cm)ロシアのゼニット3Fロケット (Electro-Lミッション)発見時まだ温かかった。球体に一部くぼみがある。
1972年ニュージーランド、アシュバートン付近圧力容器(燃料タンク加圧用または安定化ジェット用)チタン重量 20kg、ビーチボール大ソ連のロケット(コスモス482号、金星探査機打ち上げ失敗機)ロシア語の刻印あり。非放射性。
1970年代初頭オーストラリアチタン製球体(ヘリウム貯蔵用圧力容器)チタン直径 60.96cm (24インチ)アメリカのAgena-D宇宙船再突入を生き延びたもの。大きなへこみがある。
2005年1月13日タイ、チャチューンサオ県固体ロケットモーターケース (STAR-48B)チタン直径 1.2m、重量 50kg以上NAVSTAR 49 (GPS衛星) を搭載したデルタIIのPAM-D卵型。着地時に約200メートル跳ねた。
2001年1月12日サウジアラビアモーターケース (PAM-Dの一部)チタン重量 約70kgデルタロケット第3段砂漠の中で発見。円錐状の部品。
2003年2月1日アメリカ、テキサス州ナコドチェス球体タンク(水素または極低温用)情報源に記載なし情報源に記載なしスペースシャトル・コロンビア号 (STS-107)シャトル空中分解により落下。養鶏場や湖(2011年に発見)などで回収。
1963年オーストラリア、ニューサウスウェールズ州ブーリア・ステーション球体(ブーリア・ボール)合金(チタン/バナジウム/アルミニウム)情報源に記載なし主に米国の打ち上げロケット地球由来であることが証明された。
1980年頃アメリカ、ルイジアナ州バトンルージュ付近金属製球体金属(チタン合金の可能性)ボウリングの球ほどのサイズ不明(NASAのロケット部品と推測)真珠のような外観、メキシコ飛び跳ね豆のような動き。
2007年オーストラリア、ブリスベンから西に800km球体物体情報源に記載なし幅 54cm、重量 20kg情報源に記載なしJames Stirtenにより発見。

[1] UFO - Ufology - Space Balls

定義と概要

スペースボールの定義

「スペースボール」とは、驚くほど定期的に空から落下してくる特殊な宇宙ゴミ(スペースデブリ)の一種である。多くの人々は、これらを「UFOオーブ」現象に関連する何らかのエイリアン・テクノロジーの残骸であると信じているが、科学的な見地によれば、これらは人類のロケット技術に関連するものである可能性が高いとされている。具体的には、軌道上から地球の大気圏へ再突入する際に燃え尽きずに生き残り、地表に激突した宇宙船の一部である。

最も一般的なスペースボールの正体は、さまざまな宇宙船の推進システムに組み込まれている、様々な種類のチタン製圧力球体や、より大型の鋼鉄製推進剤タンクである。例えば、Delta Rocket(デルタ・ロケット)IIの部品のうち、小型のチタン製圧力球や鋼鉄製の推進剤タンクは「通常」大気圏再突入を生き延びる構造になっている。

物理的な特徴と概要

各地で回収されたスペースボールの記録からは、それらに共通するいくつかの特徴が確認できる。

  • ‌形状・構造‌‌: ほぼ完全な球体または卵型をしており、「2つの半分を溶接してつなぎ合わせた」ような粗い表面や赤道面の継ぎ目を持つことが多い。
  • ‌材質‌‌: 主にチタン、鋼鉄、またはチタン・バナジウム・アルミニウム合金のような軽量かつ強固な「人類に知られた金属合金」で作られており、中空である。
  • ‌飛来・再突入の痕跡‌‌: 大気圏再突入時の激しい熱によるアブレーション(融除)の痕跡や、焦げ跡、溶けた金属が後方に流れた跡などが残っている。また、両端にプラグがあり、片方は溶けているが、もう片方の六角ナットは無傷で残っているといったケースも複数報告されている。
    さらに、宇宙空間に長期間滞在していたものには、表面に微小隕石(マイクロメテオロイド)の衝突による小さなクレーターが何百も無数に刻まれていることがある。

発見の背景と社会的影響

過去数十年にわたり、アメリカ合衆国、アフリカ、オーストラリア、中米、ニュージーランドなど世界中でスペースボールの発見が報告されている。発見時にはしばしば「雷や小さな爆発音」が先行して聞こえたという報告がある。

2011年9月にNational Research Council(全米研究評議会)は、NASA(アメリカ航空宇宙局)に対して、宇宙ゴミがすでに「転換点(ティッピング・ポイント)」を越えたと警告した。軌道上には2万2千個を超える追跡可能な破片が存在し、NASAの推定によれば、追跡不可能な小さな破片は数十万から数百万個に及ぶとされる。

このように空から金属球が落下してくる事態は増加傾向にあるものの、地球上には広大な空き地や海が存在するため、宇宙ゴミが地球上の70億人のうち誰かに命中する確率は約「3,200分の1」であり、一般人に危害が及ぶ可能性は極めて低いと考えられている。発見された当初は放射能や爆発物の危険性が疑われ、警察や軍が現場を封鎖することもあるが、調査の結果、ただの中空の物体であり危険性はないと結論付けられるのが通例である。

科学的・技術的説明

スペースボールの正体と役割

多くの人々はスペースボールを「UFOオーブ」現象に関連するエイリアン・テクノロジーの残骸であると信じているが、科学的な説明によれば、これらは人類のロケット技術に関連する特殊な宇宙ゴミ(スペースデブリ)である。これらは通常、軌道上から地球の大気圏へ再突入する際に燃え尽きずに生き残る性質を持っている。

具体的には、これらは様々な宇宙船の推進システムの一部であり、最も一般的なのはチタン製の圧力球体や、より大型の鋼鉄製推進剤タンクである。例えば、Agena-D(アジェナD)宇宙船から落下したチタン製の球体は、推進用のガス状ヘリウムを貯蔵するために使用されていた。また、ロケットの打ち上げ時に燃料を押し出すための圧力タンクや、安定化ジェットとして機能するものもある。これに加えて、人工衛星に最終的な推力を与え、軌道上での位置調整マヌーバを可能にする PAM-D(ペイロード・アシスト・モジュール・デルタ)の固体ロケットモーターのケーシングなども複数発見されている。テクノロジーブログの Gizmodo(ギズモード)は、これらを金属で裏打ちされた複合材オーバーラップ圧力容器であると示唆している。

材質と成分分析

スペースボールは、非常に軽量でありながら強固な特殊合金で作られていることが多い。 オーストラリアで回収された「ベラタ・ボール」を Weapons Research Establishment(兵器研究施設)が調査した結果、チタン・バナジウム・アルミニウム合金製であることが判明している。また、アメリカのテキサス州で発見された「ブナ・スフィア」に対する専門的な冶金分析(PMI分析)によれば、その成分はチタン91.25%、酸化バナジウム4.7%、シリコン2.05%、鉄0.098%、亜鉛0.015%、モリブデン0.013%であり、航空宇宙産業で使用される「Titanium 6Al-4V(チタン6-4)」と一致した。

大気圏再突入と宇宙空間滞在の物理的痕跡

ほぼ完全な球体という形状と、チタンの高い融点により、スペースボールの本体は表面が完全に融除(アブレーション)されるのを免れることができる。
しかし、大気圏再突入時の激しい熱によって、表面にはアブレーションの痕跡がはっきりと残り、溶けた物質(金属の塊やスラグ)が球体の前部から後方へと吹き飛ばされた流線型の跡が形成される。これにより、落下時の飛行の向きを明確に読み取ることができる。また、外部の取り付け具などが壊れたり溶けたりしたことで飛行中に球体が「反転」し、一瞬だけ別の面が前縁になったことを示すような、濃い焦げ跡が残ることもある。さらに、不規則な形状をした取り付けロッドや結合/入口バルブなどには、落下したばかりの鉄隕石の表面に似た、細かい流線を持つ暗い溶融地殻の厚い層が形成される。

また、何年にもわたって宇宙空間に滞在していた証拠として、表面には微小隕石(マイクロメテオロイド)の衝突によって生じた、完璧な形をした小さなクレーターが数百個も無数に刻まれている。

偽物と本物の識別

スペースボールが世間の話題になるにつれて、意図的な偽物が作られることもある。ニュージーランドでは、1970年代に発見された「スペースボール」に対し、Department of Scientific and Industrial Research(科学産業研究省)の科学者らが放射線テストや成分分析を行った。その結果、球体の表面に溶けた鋼鉄だと思われていた「磁性球」が存在することなどが確認されたものの、対象物が融点600度未満のシリコン・アルミニウム合金であったことから大気圏再突入に耐えられないと判断され、最終的に古いアルミ製の漁網用フロート(浮き)を溶接トーチで焦がしただけの偽物であると結論付けられた事例もある。真のスペースボールは、チタンなどの高融点・高強度の航空宇宙用合金で作られている点が決定的に異なる。

主要な落下・発見事例

スペースボールの主要な落下・発見事例の概要

世界中で数多くの「スペースボール」の回収事例が報告されており、これらをエイリアンの技術や「UFOオーブ」現象に関連付ける声や、軍の介入・隠蔽を疑うような特異な記録が多数散見される。

アメリカ国内での特異な回収事例

アメリカでは、最もよく文書化された1974年のフロリダ州の「Betz Sphere(ベッツ・スフィア)」ケースをはじめ、数多くの謎めいた事例が報告されている。

  • ‌アラバマ州の事例(1979〜1982年頃)‌‌:Codey(コーディ)とその友人 Zack(ザック)は、Decatur(ディケーター)にあるレクリエーションセンターで異常な光景を目撃した。彼らは、黒い軍用ヘリコプターが上空を旋回し、現場が封鎖される中、白い危険物防護服(ハズマット・スーツ)を着た作業員たちが「巨大な真珠」のように輝く白い球体のほこりを払い、担架に厳重に固定して救急車に運び込むのを目撃している。
  • ‌ルイジアナ州の事例(1980年頃)‌‌:ABCニュースの速報で「空から降ってきた謎の球体の中に、地球外生命体の証拠が発見された可能性がある」と報じられた。Baton Rouge(バトンルージュ)付近で回収されたボウリングの球ほどの大きさの金属球は、「メキシコの飛び跳ね豆(メキシカン・ジャンピング・ビーン)」のように自ら動いていたとされているが、その後この事件に関する報道は不可解にも途絶えている。
  • ‌テキサス州の「Buna Sphere(ブナ・スフィア)」(2013年)‌‌:Dean Gentz(ディーン・ゲンツ)の敷地内で最初のチタン製球体が発見された後、半径2マイルという狭い範囲内で合計4つのほぼ同一の構造を持つ球体が相次いで見つかるという事態が発生した。
  • ‌オクラホマ州での直撃事例(1997年)‌‌:テキサス州周辺に Delta(デルタ)ロケットの破片が落下した際、Tulsa(タルサ)の公園を歩いていた Lottie Williams(ロッティ・ウィリアムズ)の肩に、焼け焦げた金属片が直接直撃するという事件も起きている。

世界各地での発見と騒動

  • ‌オーストラリア・ニュージーランドの事例‌‌:1963年にオーストラリアのBoullia(ブーリア)で発見された球体は、当初「高度な古代の失われた文明」の証拠や「損傷したUFOの破片」であるというメディアの憶測を呼んだ。
    ニュージーランドでは1972年に Denis O'Sullivan(デニス・オサリバン)らがカブ畑で球体を発見した際、警察が放射能を恐れて自らの腕時計を球体にかざして測定しようとしたり、別の発見者 John Lindores(ジョン・リンドアズ)の球体に至っては安全のため刑務所に一晩収監されるなどの騒動に発展した。
  • ‌ナミビアの事例(2011年)‌‌:Windhoek(ウィントフック)から750km離れた草原に落下した。落下前には複数の小さな爆発音が地元住民に聞かれており、警察の法医学ディレクターである Paul Ludik(ポール・ルディク)や副長官 Vilho Hifindaka(ヴィルホ・ヒフィンダカ)が爆発物ではないと確認するまで現場の調査が行われた。
  • ‌ブラジルの事例(2012年)‌‌:Maranhão(マラニョン)州の村に雷や落雷のような音と共に落下し、カシューナッツの木を真っ二つにへし折った。発見者の Valdir José Mendes(ヴァルディール・ジョゼ・メンデス)が球体を揺らすと内部で何らかの液体が跳ねる音がしたといい、UFOを見ようと2,000人以上が現場に殺到する騒ぎとなった。
  • ‌タイの事例(2005年)‌‌:Bangkok(バンコク)近郊に落下した PAM-D(ペイロード・アシスト・モジュール・デルタ)のチタン製ケーシングは、地面に激突した後、およそ200メートルも跳ね返ったと報告されている。
  • ‌スウェーデンの事例(1970年代)‌‌:森林官の Poul Neergaard-Petersen(ポール・ネアガード=ペテルセン)が泥炭地で発見し、当初は第二次世界大戦中の爆撃機が落とした不発弾だと勘違いされ、長年にわたって庭の飾りとして置かれていた。
  • ‌アルゼンチンの事例(2004年)‌‌:San Roque(サン・ロケ)の畑に落下したチタン製のロケットケーシングからは、正体不明の「黄色い液体」が漏れ出していたという記録が残されている。

組織と国際規定

スペースボールに関わる主要な組織と機関

政府・軍事機関による介入と機密扱い

スペースボールの落下事例においては、しばしば各国の軍事機関や政府機関が迅速に介入し、回収や現場封鎖を行っている記録が残されている。例えば、モンゴルに落下した Delta(デルタ)ロケットの残骸回収には、U.S. Air Force(アメリカ空軍)の第729空輸飛行隊などが現地へ派遣され、機材は Space and Missile Systems Center(宇宙ミサイルシステムセンター)へと持ち帰られた。また、タイで発見された部品に対しては、U.S. Department of State(米国国務省)やバンコクの米国大使館スタッフがタイ政府と直接交渉を行い、Joint U.S. Military Advisory Group, Thailand(在タイ米国軍事顧問団)の協力のもと、現地で政治的クーデターが起きている最中であっても米国への回収作戦が遂行された。
さらに、ニュージーランドで発見された「偽の」スペースボール(溶接された漁網の浮き)に対してさえも、アメリカの State Department(国務省)や宇宙機関が「極秘および機密(secret and confidential)」として強い関心を寄せていたことが、MuckRock(マックロック)などの公文書公開機関の記録によって判明している。過去には、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)の Space Control Center(宇宙管制センター)に保管されていたとされるスペースボールの画像記録なども存在している。

科学機関・宇宙機関による分析

スペースボールの正体や起源を特定するため、各国の科学機関が調査を行ってきた。オーストラリアでは、現在の Defence Science and Technology Organisation(防衛科学技術機構)の前身である Weapons Research Establishment(兵器研究施設)が分析を行い、部品の特徴やキリル文字の刻印から USSR(ソビエト連邦)のものであると特定した。当時の冷戦下においてソ連大使館に確認を求めたものの、彼らからは調査を拒否されたという経緯がある。また、ニュージーランドにおいては、Department of Scientific and Industrial Research(科学産業研究省)の科学者らが落下物の放射線テストや成分分析を担当している。
ナミビアでの落下事例など、正体不明の金属球が発見された際に、地元の警察当局が自らでは正体を特定できず、NASA(アメリカ航空宇宙局)や European Space Agency(欧州宇宙機関)に対して調査の協力を要請するケースも報告されている。

スペースボールの回収に関する国際規定と条約

宇宙条約と宇宙飛行士救助返還協定

宇宙空間から落下してきた人工物やスペースボールの回収・返還については明確な国際条約が存在しており、これが各国の軍事・政府機関による他国領土での回収行動の法的根拠となっている。前述のモンゴルでの U.S. Air Force による回収作戦は、Outer Space Treaty of 1967(1967年の宇宙条約)および Rescue and Return Treaty of 1968(1968年の救助返還協定)の規定に基づいて実施されたと記録されている。

国連の規定に基づく報告義務

また、落下したスペースボールを含む宇宙ゴミの取り扱いに関しては、United Nations(国際連合)による国際規定が設けられている。「Agreement on the Rescue of Astronauts, the Return of Astronauts and the Return of Objects Launched into Outer Space(宇宙飛行士の救助及び返還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定)」の第5条に従い、加盟国は自国の領土内で発見された宇宙ゴミに関する報告を提供する義務がある。これらの宇宙空間からの落下物に関する歴史的なリストや記録は、Aerospace Corporation(エアロスペース・コーポレーション)などの組織によっても継続的に追跡・管理されている。

和訳 (via DeepL)

展開

ダニエル・ター(他)

スペース・ボールズ 2014年。

米国では、科学的な裏付けのある「謎の球体」や「スペースボール」が多数回収されています。最も有名なのは、1974年にフロリダで発生した、»「ベッツ・スフィア」事件と呼ばれるものです。また、1979年から1982年にかけてアラバマ州で発生した「アラバマ・ボール」と呼ばれる事例や、2008年にルイジアナ州で発生した事例もある。 フロリダ州の»「ベッツ・ボール」は、現時点で最も多くの記録が残されているが、空から落下する「スペースボール」に関する証拠は他にも存在する。

地元当局によると、過去20年間にわたり、アフリカ、オーストラリア、中米でも同様の球体が発見されているという。

「スペース・ボール」とは何ですか? 「スペースボール」とは、驚くほど定期的に空から落下してくる特殊な宇宙ゴミの一種です。世界中から多数の目撃報告が寄せられています。多くの人々は、これらが「UFOオーブ」という現象に関連する何らかの異星人の技術の残骸だと考えていますが、実際には人間のロケット技術に関連している可能性が高いと考えられます。

科学的説明:「スペースボール」とは、軌道上から地球の大気圏へ再突入する際、「通常」は耐え抜き、地上に墜落する特殊な宇宙ゴミの一種です。スペースボールには複数の種類がありますが、一般的には、さまざまな宇宙船の推進システムを構成する、さまざまな種類のチタン製球体が最も多く見られます。最も一般的なのは、» デルタロケットです:

デルタ・ロケットIIの構成部品:断熱ブランケット、燃焼室、圧力球、推進剤タンク

小さなチタン製の加圧球と、それより大きな鋼製の推進剤タンクは、「通常」再突入を生き残る2つの部品です。また、断熱ブランケットの破片も容易に地球に到達しますが、たいていは見過ごされてしまいます。時には、複合材製の燃焼室の破片が見つかることもあります。

9月、全米研究評議会はNASAに対し、宇宙ゴミが「転換点」を過ぎたと警告したと、ワシントン・ポスト紙のクリスチャン・トーレス記者が報じた。「軌道上には2万2000個以上の宇宙ゴミが存在する。NASAの推定によると、宇宙にはさらに、追跡不可能な小さな破片が数十万個、あるいは数百万個も存在している可能性がある。」以下は、地球周辺の宇宙がどのような状態になっているかを示す、NASAが公開した図である。

NASA軌道上デブリ対策プログラム事務局(ジョンソン宇宙センター)

地球には一つだけ有利な点があります。それは、広大な空き地がたくさんあり、さらに広大な外洋が広がっていることです。地球上の70億人のうち、たった1人にでも破片が当たる確率は、およそ 1対3,200です。ナミビアの謎の球体の場合と同様、これらの物体が誰かに当たることはおそらくないでしょう。

[ 出典: ワシントン・ポスト ]

ここでは、空から落下したと報告されている「スペース・ボール」の一覧をご紹介します。リストはアルファベット順になっています:

「アジェナ-D」スペースボール これは、1970年代初頭に地球大気圏への再突入を生き延び、オーストラリアに落下した米国の宇宙船「アジェナ-D」のチタン製球体です。この球体は、宇宙船の推進用として気体ヘリウムを貯蔵するために使用されていました。この球体がどの「アジェナ-D」に搭載されていたものか、またいつ地球に帰還したのかは、正確にはわかっていません。この球体はエアテック・ダイナミック社によって製造され、1973年にスミソニアン天体物理観測所からNASMに寄贈されました。直径60.96cm(24インチ)。

[ 出典: Eclipse Tours ]

 

アジェナ社の圧力球(1972年)。かなり大きなへこみに注目してください。

アラバマ・スペース・ボール 消防車やその他の緊急車両、そしてヘリコプターがどこからともなく現れ、その物体が地面に衝突した現場へと向かっていった。コーディーは友人の家へと車を走らせた。彼女が何が起きたのかを説明している最中、空にはさらに多くのヘリコプターが現れた。コーディーと友人のザックは、ヘリコプターを追いかけて、一体何が起きているのか確かめることにした。

彼らは「アクアドーム」と呼ばれる場所に到着した。そこは、プールや遊び場、バスケットボールコートを備えたレクリエーションセンターだ。ブルックヘイブン中学校のすぐ隣にある。コーディーとザックは、近くのアラバマ州ハンツビルから飛来したメディフライのヘリコプターが着陸した場所から15フィート以内のところまで近づくことができた。

ディケーター警察のパトカーが到着し、彼らとヘリコプターの間に割り込んだ。ディケーター消防署の消防車も到着した。1台はヘリコプターの近くに停車し、他の車両は現場を封鎖するかのように円を描くように周回していた。上空には、黒色の軍用ヘリコプターと思われるものが旋回していた。これらの一連の出来事は、アクアドームの駐車場で起きた。

コーディーと彼女の友人は、救急隊員たちが、まるで巨大な真珠のような、白く光る球体をストレッチャーに載せる様子を見守っていた。その物体を取り扱っていた隊員たちは、ある種の白い危険物処理用スーツを着用しており、球体についたほこりを払い落としているようだった。ストレッチャーに物体をしっかりと固定するシーツで覆った後、彼らはそれをヘリコプターの近くに停車していた救急車に積み込み、その場を立ち去った。

[ 出典:Worthyarticles ] 

アッシュバートン・スペース・ボールズ 1970年代を通じて、カンタベリーには宇宙ゴミが次々と降り注いだ。その中には本物と思われるものもあれば、偽物であることが判明したものもあった。1972年にアヴィモア湖からアッシュバートンの南にかけての牧草地に散らばって発見された金属製の球体は、ソ連製であると広く考えられている。 1978年10月、ジョン・ロベット氏のエフェルトンにある敷地内で、さらに2つの宇宙ゴミが発見され、話題となった。 その後、彼の友人3人が古いアルミ製の釣り用浮きを見つけ、溶接トーチで焦がした後、彼の牧草地に捨てたことが明らかになった。

米国の情報公開機関「MuckRock」が公開した文書によると、ニュージーランドの科学者たちがその結論に達するまでに、どれほどの手間を費やさなければならなかったかが明らかになった。1978年の米国務省とウェリントン駐在の米国大使館との間の通信記録によれば、これらの漁業用浮きは放射線検査を受け、当時の科学産業研究省(DSIR)の科学者たちによって調査されていたことが示されている。

1978年11月に大使館が国務省に送った報告によると、アッシュバートンの牛乳配達人が10月23日に空を飛ぶ物体を目撃したと報告した。 「ジョン・ロベット氏は、10月22日に牧草地にいたと主張しており、目立つ場所にあったその破片が、その時点では牧草地にはなかったと確信している。」  大使館からの2通目の電報によると、その球体が1972年に落下した場所のわずか8キロメートル南に落下したことは「不審」であるとしている。

「DSIRの助言……すなわち、その球体は融点が600度未満のシリコン・アルミニウム合金であるという指摘は、たとえ防護されていても、これほど融点の低い宇宙物体が再突入に耐えられるのかという疑問を招いた……」と、同報告書は述べている。

「しかし、11月5日に2つ目の球体が発見されたことで、これらの物体が実際に宇宙の破片である可能性が高まったようだ……」「」 科学者たちは当初、球体の表面にある「磁気小球」を溶けた鋼だと考えていた。その月の後半、それらが溶接された釣り用浮きであることが判明した。

1972年に発見された「本物の」スペースボールの1つが、現在アッシュバートン航空博物館に展示されている。 同館の学芸員ジム・チバーズ氏は、米国の文書は当時の政府の関心をうかがわせる興味深い資料であると述べた。 「これらのボールの発見は米国から大きな関心を呼び、米国の宇宙機関から多くの情報データや写真の提供が求められた。」  同氏は、米国政府からの関心の度合いについては、その情報がすべて「極秘」および「機密」に指定されていたため、これまで明らかになっていなかったと語った。

「もはや機密扱いでなくなったこれらの文書の一部から、その偽のボールが単なる偽物であることが判明するまでには、かなりの手間がかかったことがうかがえる。」 彼は、犯人たちは自分たちの仕業を喜んでいたに違いないと述べた。

「もし彼らが、ジョン・ロベットに『スペースボール』を見つけたと信じ込ませただけでなく、アメリカの宇宙機関をもほぼ騙しかけたことを知っていたなら……きっと大いに喜んだだろう」と彼は言った。

[ 出典: Stuff(Eclipse Tours経由) ]

1972年にアッシュバートン近郊で発見された偽のボール を手に持つEM・コナー警部の写真

『アッシュバートン・スペース・ボール』(1972年)

オーストラリア版『スペース・ボールズ』 1960年代から70年代初頭にかけて、オーストラリアでは宇宙ゴミが数件発見された。ベラタの球体に関する兵器研究所の報告書(これは、寄贈者であるドビキン牧場の管理者J・T・ヴィッケリー氏から博物館に提供された資料の一部である)には、1963年から1973年の間に発見・報告された7つの「宇宙物体」が記載されている。

1963年、ニューサウスウェールズ州最西端のブリア・ステーションで最初の「スペースボール」が発見された際、その起源をめぐるメディアの憶測は、オーストラリアに存在した高度な古代失われた文明の証拠から、損傷したUFOの残骸まで多岐にわたり、「ブリア・ボール」はオーストラリアやニュージーランドで発見されるこの種の球体物体の通称となった(1972年にはタスマン海を挟んだ対岸でもいくつか発見されている)。しかし、オーストラリアの防衛科学機関であり、現在の国防科学技術機構(DSTO)の前身である兵器研究機関(WRE)による「ブリア・ボール」およびその後発見された宇宙ゴミの調査の結果、それらは間違いなく地球起源のものであり、その大部分が米国の打ち上げロケットに由来することが明らかになった。

最初の2つの「ベラタ・ボール」はWREに送られ、検査が行われた。その結果、製造に使用された溶接の種類や、1つのボールに刻まれたキリル文字の刻印から、これらの圧力容器がソ連製であることが判明した。当時の冷戦下という状況の中、キャンベラのソ連大使館は、WREからのボールの検査および原産地確認の要請を拒否したが、その特定については疑いの余地はほとんどない。検査後、WREは1973年、ドビキン社のマネージャーであるヴィッケリー氏の「応用芸術科学博物館」への寄贈希望に沿って、これら2つのボールを同博物館へ送付した。発見された3つ目のボールは、ヴィッケリー氏の所有下に留まった。

博物館に寄贈された2つのベラタ・ボールは、比較的軽量でありながら強度の高い金属であるチタン・バナジウム・アルミニウム合金でできています。「宇宙」展に展示されている球体は、2つのうち最も状態が良好ですが、一部が溶けて失われており、縁には凝固した金属がこびりついたギザギザの跡が見られます。球体の本体や内部には、他の金属スラグの塊が飛び散っていますが、それ以外は比較的良好な状態で残っています。もう一方の球体は2か所で穴が開いてしまっていたため、WREは調査と分析のためにそれを切断することにした。現在残っているのは、実験室のマークがステンシルで印字された、元の球体の一部のみである。

[ 出典: パワーハウス博物館(Eclipse Tours経由) ]

また、2007年にオーストラリアのブリスベンから西へ約800kmの地点で、幅54cm、重さ20kgのこの物体を発見したジェームズ・スターテン氏による写真もあります。

[ 出典: ブリスベン・タイムズ(エクリプス・ツアーズ経由) ]

「ベラタ・ボールズ」(上)

このケース(上図)は、2008年にA.テイラー氏がオーストラリアのある地域上空を飛行し、牛の調査を行っていた際に発見されたものである。刻印から、これは1990年にINSAT 1Bを打ち上げたデルタ2ロケットの一部であることが判明した。その地域がどれほど人里離れた場所であるかにもよるが、大気圏に突入してから何十年も経ってから発見される、あるいは全く発見されないままになる物体も珍しくない。

1991年:モルニヤ・プレッシャー・スフィア

「この遺物は中空の球体で、オーストラリアの友人たちによって、隕石のディーラー兼収集家に送られた。 これは、南オーストラリア州のアルバニー近郊の海岸(北緯35.0″5、東経18.0″)で発見された後、ほぼ8年間放置されていた廃品置き場から回収されたものである。」

この物体には識別用の刻印は一切ない。周囲は90 cmで、片側には分厚い極冠があり、もう片側にはメートルねじのねじ込み口がある。ねじ部の直径は42 mmで、直径8 mmの穴が開いている。全体の重量は6 kgである。

出典:『JOURNAL OF THE BRITISH INTERPLANETARY SOCIETY』第52巻、439-442頁、1999年。

1988年4月:FOTON

1988年4月14日、ロシアから「フォトン1号」衛星に搭載された小型の加圧球体が宇宙へ打ち上げられた。2週間後に大気圏に再突入し、西オーストラリア州水道公社の従業員であるグラハム・デュカス氏が砂漠で探査中にこれを発見した。この球体は容量6.5ガロン、チタン製で、直径は0.37mである。

微小隕石の衝突

アブレーションの痕がはっきりと確認できる

[ 出典: Space.com(Eclipse Tours経由) ]

1968年、オーストラリアのインカーマン駅における「プレッシャー・スフィア」

最近機密解除されたオーストラリア空軍の文書一式には、1968年後半に発見された球体について言及されていた。 インカーマン・ステーションは、クイーンズランド州最北部のノーマントンの北西に位置する、13万5000ヘクタールの広さを誇る牧場である。 この球体は、1969年に米国大使館に引き渡されたと報じられている。

直径約24インチの物体と一緒にポーズをとる人々のグループ。

出典:1968年12月18日付のオーストラリア空軍タウンズビル司令部からのメモ TVL/5/40/Air(62)

[ 出典: Eclipse Tours ]

球体のクローズアップ。

ブラジルの『スペース・ボールズ』 2012年2月22日、ブラジル・マナウス州アナプルス市で、チャパディーニャの町から28km離れた場所に、今朝、球状の物体(チタン製の球体)が空から落下した。 この正体不明の物体の落下は、今朝6時頃、「アイアン・レッグ」氏所有のウェルズ村で発生した。

球体の衝突による樹木の被害

稲妻や雷のような音とともに墜落したとの情報によると、その正体不明の物体は地面に落下した。 その球体状の物体は、ガスボンベほどの大きさだった。 物体は木に衝突した後、地面まで転がり落ちた。この球体の正体は、1997-16Cとしても知られる「アリアン44L」ロケット本体の再突入によるものとみられている。

[ 出典: Blog Interligado(Eclipse Tours経由) ]

大きなへこみとアブレーション痕が見られるブラジルの球体

2004年11月14日:TELSTAR 402 2006年8月、ブラジルのベレン(パラ州)近郊で、2004年11月14日に発生したテルスター402号の再突入に関連する酸化剤タンクが発見された。その直径は約80cm、高さは1mであった。農場の所有者が、実際の再突入から2年後にこのタンクを発見した。このタンクは、おそらくアリアンロケットの第3段に属していたものと思われる。

[ 出典: Eclipse Tours ]

GE Astrospaceの刻印にご注目ください。

端面を見ると、内側から外側にかけて著しい損傷が見られる。

この「スペースボール」と呼ばれる物体は、2001年にブラジルで発見されました:

この破片の正体は定かではありませんが、上の「フォトン」の破片と非常によく似ており、ブラジルで発見されたものです(提供:ホセ・イルデフォンソ)。この情報はフラヴィオ・トブラー氏のウェブページに基づいています。この最初の物体は、2002年にブラジルのピアウイ州で発見されました。:

グアテマラ・スペース・ボール 2003年4月:ATLASロケットの残骸

2003年4月27日15時35分(UT)に、1998年に打ち上げられたアトラスロケットの段の破片数個が、グアテマラのハラパ県マタケスクイントラの農場に落下した。

上に示された主な物体は直径1.2メートルで球形をしており、直ちにグアテマラシティの警察本部に搬送されました。この物体は丘に衝突し、発見・通報された地点まで転がり落ちたのが目撃されています。硬化した球形の物体は、再突入後も無傷で残る傾向が強いことがわかります。この球体は、このページの上部に掲載されているスペースシャトルの燃料電池と非常によく似ています。

[ 出典: Sott(Eclipse Tours経由) ]

ルイジアナ・スペース・ボール 1980年頃、AMラジオでウェストバージニア大学(WVU)対オハイオ州立大学のバスケットボール試合の実況中継を聴いていた時のことだ。試合終了まであと数秒という時点でWVUは5点ビハインドだったが、WVUが巻き返してオハイオ州立大学のアウェイで勝利を収めた。その際、ABCニュースブリーフで、私の記憶が正しければ……という内容の記事が流れた。

「空から落ちてきた謎の球体から、地球外生命体の痕跡が見つかった可能性があるという証拠」

バトンルージュ近郊で金属製の球体が回収されたこと (ニュースの報道元がそこだったため)、 そして、ボウリングのボールほどの大きさで洋ナシのような形をした金属製の球体が回収され、その動きが「メキシコのジャンピングビーン」に例えられたこと このニュースは野球の試合中に2回続けて報じられたが、その後、 翌日には報じられなくなった。

その試合のボックススコアを探しているうちに、 前夜にABCのニュースで耳にしたあの謎めいた物体の記事も探してみたところ、『チャールストン・デイリー・メール』紙の最終ページに埋もれるように掲載されているのを見つけた。 それ以来、この事件に関する情報は一切見つかっていない。 この時期にルイジアナ州で非常に不可解な事件が実際に起きたことを、誰か確認してくれれば嬉しい。

[出典:Godlikeproductions ]

モンゴルの「デルタII」スペースボール モンゴルにおけるデルタIIロケットの残骸回収

2011年8月、モンゴルで墜落したデルタIIロケットの残骸を回収するため、米空軍の要員がモンゴルに派遣された。

この記事では、その作業の様子を次のように伝えている。「8月下旬、モンゴルのウランバートルにあるチンギス・ハーン国際空港で、ロケットの部品を積んだピックアップトラックがC-17グローブマスターIIIにバックで接近した際、ビープ音は一切鳴らなかった。モンゴルの運転手と米空軍の積載責任者が、手信号だけで意思疎通を図っていただけだった。」

[ 出典: AFRC(Eclipse Tours経由) ]

モンゴルの駐機場にあるデルタIIの球体

第729空輸飛行隊に所属する空軍予備役の乗組員たちは、1年前に打ち上げられたデルタIIロケットの残骸を回収するため、モンゴルへと飛んだ。この回収作業は、1967年の「宇宙条約」および1968年の「救助・返還条約」に基づき、実施が義務付けられていた。

15人の乗組員(パイロット3名、ロードマスター4名、空中搬送要員2名、そして念のため、C-17グローブマスターIII用の予備部品や装備を積んだパレットを携えた6人の整備班)は、第2段燃料タンクと水素球2個を回収し、その残骸をカリフォルニア州ロサンゼルス空軍基地の宇宙・ミサイルシステムセンターへ搬送した。「

ナミビア・スペース・ボール 警察の科学捜査部長ポール・ルディク氏によると、円周1.1メートル(43インチ)の中空の球体が、首都ウィントフックから約750キロメートル(480マイル)離れた同国北部の村の近くで発見された。

地元住民は、その数日前に数回の小さな爆発音を聞いていたと、彼は述べた。

直径35センチメートル(14インチ)のこの球体は、表面がざらついており、「2つの半球を溶接して組み合わせたような」外観をしている。ルディク氏によると、これは「人類が知る金属合金」でできており、重さは6キログラム(13ポンド)だったという。この球体は、落下地点から18メートル離れた場所、深さ33センチメートル、幅3.8メートルの穴の中で発見された。

当局がインターネットで調査したところ、過去20年間に、南部アフリカ、オーストラリア、ラテンアメリカで同様の球体が数個落下していたことが判明した。���の球体は11月中旬に発見されたが、当局は発見を発表する前にまず検査を行った。

警察のヴィルホ・ヒフィンダカ副監察官は、この物体に危険性はないとの結論を下した。「これは爆発物ではなく、中が空洞になっているが、まずはすべてを調査する必要があった」と彼は述べた。

この記事で触れられていない点:これらの球体は、決して謎というわけではない。むしろ、宇宙から金属製の物体が落下してくることは、ますます日常的な現象になりつつある。テックブログ Gizmodo は、これらが金属で裏打ちされた複合材製の加圧容器である可能性が高いと指摘している。これは、宇宙に浮遊している数多くの物体の一つに過ぎない。

[ 出典: Phys.org ]

この無傷の宇宙ゴミは、2011年11月1日にナミビアで発見されたもので、10月30日にプログレスM-13Mを打ち上げたソユーズUロケットの加圧球であるとみられている。 その経緯は次のように説明されている。「

ナミビアの人里離れた草原に、巨大な金属製の球体が空から落下し、困惑した当局はNASAや欧州宇宙機関に連絡を取った。

警察の科学捜査部長ポール・ルディク氏によると、円周1.1メートル(43インチ)の中空の球体が、首都ウィントフックから約750キロメートル(480マイル)離れた同国北部の村の近くで発見された。

地元住民は、その数日前に数回の小さな爆発音を聞いていたと、彼は述べた。

この球体は水曜日、ブラジル・マラニャン州のリアショ・ドス・ポソスという村に落下した。マタ・ロマのニュースサイト「MR Notícias」によると、落下時に地面に激突してカシューナッツの木が折れてしまったことを除けば、人的被害は報告されていない。

バルディール・ホセ・メンデスさん(46)は警察に対し、その球体が自宅から数メートル離れた場所に落下し、庭に深さ1メートルの穴が開いたと語った。

「物音がしたので、何が原因か確かめようと外に出てみた。飛行機が墜落したのか、それとも地震なのかと思った」と彼は語った。

その騒音は凄まじく、メンデスさんは怖くて外に出ることもできなかった。しかし、好奇心に負けて外に出てみると、近くの穴の中に転がっていた謎の金属球によって、カシューナッツの木の幹が真っ二つに折れていた。  村人約20人がメンデスさんに加わり、その物体を地面から引き抜いて調べるのを手伝った。メンデスさんによると、その球体は中が空洞で、振ると内部で何か液体が揺れる感触がするそうだ。地元住民の間でこのニュースは瞬く間に広まり、マタ・ローマの町に伝わると、2,000人以上の人々が「UFO」を見ようと押し寄せた。

直径35センチメートル(14インチ)、重さ5.9キログラム(1.98ポンド)のこのボールは、表面がざらついており、「2つの半球を溶接して組み合わせた」ような構造になっているようだ。

ルディク氏によると、それは「人類が知る金属合金」でできており、重さは6キログラム(13ポンド)だったという。

「それは着地地点から18メートル離れた場所で発見され、その場所には深さ33センチメートル、幅3.8メートルの穴が開いていた。」

[ 出典: AFP(Eclipse Tours経由) ]

国立科学捜査研究所が提供した写真には、ナミビアの人里離れた草原に空から落下した、直径1.1メートル、重さ約6キログラム(13ポンド)の巨大な金属製の球体が写っている。原因が分からず困惑した当局は、NASAや欧州宇宙機関(ESA)に問い合わせることにした。

画像提供:RT.com

報道によると、先日、ナミビア北部の人里離れた草原に、奇妙な金属製の球体が空から落ちてきて激突したという。

直径14インチ(35センチメートル)の金属製の球体が、このアフリカの国の首都ウィントフックの北約480マイル(750キロメートル)の地点に落下した。木曜日(12月22日)、フランス通信社(AFP)が報じたところによると、この落下により、深さ13インチ(33センチ)、直径12.5フィート(3.8メートル)のクレーターができた。

この金属製の「スペースボール」の重さは13ポンド(6キログラム)だ。AFPによると、表面はざらざらしており、2つの半球を溶接して組み合わせたもののように見える。

この正体不明の球体は11月中旬に発見されたが、地元当局はいくつかの検査を行うまで発見の公表を見合わせていた。その結果、一般市民に危険が及ぶことはないとの判断が下された。

「これは爆発物ではなく、中が空洞になっているものですが、まずはこれらすべてを調査する必要がありました」と、警察のヴィルホ・ヒフィンダカ副監察官はAFPに語った。

しかし、ヒファンダカ氏とその同僚たちは、その物体が何であるか、また正確にどこから来たのかについては、依然として把握できていない。AFP通信によると、彼らはNASAや欧州宇宙機関(ESA)に協力を要請したという。

ボールが発見される数日前に、地元住民が数回の小さな爆発音を聞いたようだ。地元当局によると、過去20年間にオーストラリアや中米でも同様の球体が発見されているという。

今年はかなりの量の宇宙ゴミが空から降り注いだ。例えば9月には、NASAの運用終了した 高層大気研究衛星(UARS)――1991年から2005年まで気候を観測していた6.5トンの衛星――が、太平洋上空で大気圏に突入した。

そのわずか1か月後、ドイツの2.7トンの「レントゲン・サテライト(ROSAT)」がインド洋上空で地球に落下した。いずれの衛星の墜落でも、地上の負傷者は出なかった。

さらに巨大な宇宙船がまもなく地球に墜落する見込みだ。ロシアの 打ち上げに失敗した火星探査機「フォボス・グルント」は、11月8日の打ち上げ直後に地球軌道に留まってしまい、それ以来、軌道高度を徐々に下げながら周回を続けている。専門家の多くは、この14.5トンの宇宙船が1月中旬までに墜落すると予測している。

[出典:Space.com ]

サリュート宇宙船 スペース・ボールズ 1991年2月7日:サリュート7号/コスモス1686号のヘリウム圧力球

これは、ヘリウムを収容するために使用されたもう一つのチタン製圧力球で、どうやらロシアの「サリュート7号/コスモス1686号」宇宙船アセンブリに由来するもののようです。同アセンブリは制御不能に陥り、予想より数年早く火球となって地球に落下しました。管制官たちは、機内にまだ70kgの燃料が残っていたため、宇宙船を回転させ、大西洋への着水地点を制御しようと試みました。しかしこの試みは失敗に終わり、多くの地元住民が目撃した明るい火球の後、1991年2月7日現地時間午前1時、アルゼンチンのブエノスアイレスから400km離れたカピタン・ベルムデス町の近くに、いくつかの破片が落下しました。

直径14インチ、重量7.4kg、主にチタン製のこの球体には、宇宙空間で長年にわたり表面に衝突した微小隕石によって形成された、数百個の完璧な形状のクレーターが点在している。両端にはそれぞれ取り付けロッドとカップリング/吸気弁があり、これらは再突入の際に激しくアブレーションを受け、溶融した物質のストリーマーが球体の前方に吹き飛ばされており、飛行方向がはっきりと示されている。本体の片側にみられる黒い焦げ跡は、外部の取り付け部やカップリングが破損・アブレーションにより剥離した際に、球体が飛行中に「ひっくり返った」ことを示す証拠であり、ごく短い間、この側が前縁となった後、再び正しい姿勢を取り戻したことを示している。この側面の黒い焦げ跡には、さらに色調がはるかに薄い「影」のような帯が見られます。これは、宇宙船の別の部分、あるいはおそらくは外れた取り付けロッドが、一瞬の間、球体のこの部分を焦げから守ったことを示しており……その過程で、自身の輪郭像を残したのです。

そのほぼ完全な球形と、チタン系合金特有の高い融点のおかげで、球体の本体は表面の完全なアブレーションを免れ、その結果、数多くの微小隕石クレーターが保存された。

[ 出典: Bimsociety(Eclipse Tours経由) ]

「サリュート7号」の2つ目のヘリウムタンクが、リヨン・ターンブル社によって競売にかけられた。その説明文は、前回の球体と全く同じである:

宇宙船「サリュート7号」――ヘリウムタンク――が1991年2月7日に落下した

これは、ロシアの宇宙船「サリュート7号-コスモス1686号(コスモス1686)」のヘリウムタンクです。同宇宙船は制御不能に陥り、予定より3~4年早く火球となって地球に落下しました。 ロシアのミッションコントロールは、宇宙船に回転を加え、機内にまだ70kgの燃料が残っていたため、大西洋への着水制御を試みました。しかしこの試みは失敗に終わり、多くの地元住民が目撃した明るい火球の後、1991年2月7日現地時間午前1時、アルゼンチンのブエノスアイレスから250マイル離れたカピタン・ベルムデス町の近くに、いくつかの破片が落下しました。

直径14インチ、重量7.4kg、主にチタン製のこの球体には、宇宙空間で長年にわたり表面に衝突した微小隕石によって形成された、数百もの完璧な形状のクレーターが点在している。両端にはそれぞれ取り付けロッドとカップリング/吸気弁があり、これらは再突入の際に激しくアブレーションを受け、溶融した物質のストリーマーが球体の前方に吹き飛ばされており、飛行方向が明確に示されている。本体の片側にみられる濃い焦げ跡は、外部の取り付け部やカップリングが破損・アブレーションにより失われた際に、球体が飛行中に「ひっくり返った」ことを示しており、ごく短い間、この側が前縁となった後、再び正しい向きに戻ったことを示している。この側面の黒い焦げ跡には、さらに色調がはるかに薄い「影」のような帯が見られる。これは、宇宙船の別の部分、あるいはおそらくは分離した取り付けロッドが、一瞬この球体の部分を焦げから守り、その過程で自身の輪郭像を残したことを示している。

ほぼ完全な球形をしており、チタン系合金の高い融点のおかげで、球体の本体は表面が完全にアブレーションされることを免れ、数多くの微小隕石クレーターが保存されています。しかし、不規則な形状をした取り付け棒と、その反対側にあるカップリング/インレットバルブには、厚い層の暗い融着皮膜が形成されており、その表面には、回収されたばかりの鉄隕石の表面に見られるような微細な流れ跡が見られます。

クレーター状の「くぼみ」の一部は、大気圏通過時に球形タンクの前方でアブレーションを起こした宇宙船の他の部分によって生じたものであることは間違いないほか、9年以上にわたる宇宙滞在中に衝突した、過去の宇宙ミッションに由来する他の人工軌道上デブリによっても生じたものである。

このタンクは、ロンドン自然史博物館において、クレーターの組成に関する多くの研究の対象となってきました。「宇宙機表面の衝突残留物の分析:可能性と課題」と題する論文がこのサリュート型ヘリウムタンクについて執筆され、第3回欧州宇宙デブリ会議で発表され、会議録にも掲載されました。

1,650ポンドで売却されました

[ 出典: Lyon and Turnbull(Eclipse Tours経由) ]

しかし、不規則な形状をした取り付け棒と、その向かい側に位置するカップリング/吸込弁には、厚い層の暗い溶融皮膜が付着しており、その表面には微細な流れ跡が見られ、これは採集されたばかりの鉄隕石の表面に似た特徴を示しています。下の写真をご覧ください:

地表への微小隕石の衝突

サウジアラビア 『スペース・ボールズ』 2001年1月12日:PAM-Dの破片

右の画像は、2001年1月12日にサウジアラビアに落下した後、大気圏再突入を生き延びた大きな破片です。これはデルタロケットの第3段エンジンケーシングの一部です。その落下を告げるようなソニックブームや夜空の閃光は一切ありませんでした。重量約70kgのこの破片は、単に砂の上に転がっているのが発見されただけです。これはチタン製のケーシングで、PAM-D(ペイロード・アシスト・モジュール)の内部に収められていました。

この一連の写真のうち、左下の写真と、サウジアラビアに流れ着いた画像との外見上の類似点に注目してください:

[ 出典: Skyrocket(Eclipse Tours経由) ]

サウジアラビアでPAM-D鋳造品が発見された

このモジュールは、衛星のペイロードに最終的な推力を与え、軌道上で位置調整操作を行い、宇宙機を適切に放出することを可能にします。PAM-Dはその任務を完了すると宇宙ゴミとなり、最終的には軌道から大気圏に再突入して消滅します。

この画像は、スペースシャトルの貨物室内で衛星に接続された、損傷のないPAM-Dが展開されている様子を示しています。

スペースシャトル・スペースボールズ 2003年2月1日:スペースシャトル「コロンビア」の残骸

STS-107の再突入残骸については別のページを設けていますが、以下に再突入を生き延びた破片の代表的な例をいくつか紹介します。これらの形状が、地球の大気圏を再突入して生き残った他の「スペースボール」の物体とどれほど似ているかがわかるでしょう。

スペースシャトル「コロンビア」の燃料タンク

スペースシャトル コロンビア 破片(尾翼)D

テキサス州の干ばつに見舞われた時期のコロンビア号事故から8年後、テキサス州ナコドチェス湖の水位が大幅に低下したため、新たな コロンビア号の残骸が発見された。

この球体は、コロンビア号が16日間のミッション中に搭載していた18基の極低温タンクのうちの1つだった。2003年2月1日、シャトルがテキサス州東部上空で再突入中に解体した際、この湖に落下して以来、過去8年半にわたって水底に沈んでいた。現在続いている干ばつにより、湖の水位が約11フィート低下したことで、最近になってその姿が明らかになった。

[ 出典: NASA(Eclipse Tours経由) ]

スペースシャトル「コロンビア」の燃料電池

テキサス州東部の湖の近くで戦車が発見された。

南アフリカ 『スペース・ボールズ』 2000年4月、南アフリカのケープタウン近郊で正体不明の残骸が発見された。

セオドア・ソロモンズは、ケープタウンから約150キロ離れた南アフリカのウースター近郊の農場で、空から落ちてくるのを目撃した金属製の球の隣に座っている。

翌日、ケープタウンから約50キロ離れた場所で、2つ目の金属製の球体が空から落ちてきた。

天文学者たちは、落下した際には白熱していたこれらの球体が、崩壊しつつある人工衛星の一部である可能性があると述べた。

[ 出典: 『The Living Moon』 ]

2000年4月:デルタロケットの残骸

このようなものが南アフリカで落下しました(写真提供:W.Koorts)。そして、これらの部品は2000年4月、ケープタウン郊外の博物館で発見されました。

発見されたのは、鋼製の推進剤タンク(1.7×2.7 m、質量270 kg)、チタン製の圧力球(直径0.58 m、質量32 kg)、および複合材製の燃焼室(長さ0.76 m、平均幅0.25 m)であった。

小さなチタン製の球体と、それより大きなタンクは、「通常」再突入を生き残る2つの部品である。両方の部品が回収されたのは、これで少なくとも3例目となる。

[ 出典: Eclipse Tours ]

写真:エンバー・エソップ/EPA

テキサス・スペース・ボールズ 2003年、米国テキサス州ナコドチェスの養鶏場で、水素貯蔵タンクと思われる球形の物体の周りに人々が集まっている。この物体は、崩壊したスペースシャトル「コロンビア」から落下したものである。

[ 出典: ガーディアン ]

「ブナ・スフィア」スペース・ボールズ 2013年2月20日またはそれ以前に、米国テキサス州ブナで、ディーン・ゲンツ氏によってチタン製の圧力球が発見された。  この球体は、彼の所有地内のオークの木の近くで発見されたが、発見されるまで不明な期間その場所に置かれていたため、出現した正確な日付は不明である。土壌の状態により、地面には多数の穴が開いており、球体が着地した後、発見された場所まで転がってきたのかどうかを判断する手掛かりはなかった。

この球体は、前述の2011年11月にナミビアで発見された球体と、大きさ、直径、円周が類似しているため、ロシア製である可能性が示唆されている。  目視による目撃情報は一切なかった。  ゲンツ氏は冶金学的分析を行い、以下の組成を特定した:チタン91.25%、酸化バナジウム4.7%、シリコン2.05%、鉄0.098%、亜鉛0.015%、モリブデン0.013%。

写真: スティーブ・リス/コービス

PMI(Powder Metallurgy International)の機械分析によると、この 組成はチタン6-4と一致しています。   この球体の重量は16ポンド(7.3 kg)、円周は43.25 インチ(17.02 cm)、直径は13.75インチ(5.41 cm)であることが判明しました。以下は、最初の「ブナ・スペース・ボール」の写真の一部です。すべての写真はディーン・ゲンツ氏が撮影しました。

上の画像は、ディーン・ゲンツ氏によって発見された場所にあるその球体を写したものです。

ディーン・ゲンツ氏の見方では、ジャスパー郡のボーモントから北へ約36マイル離れたブナにある自身の敷地内で宇宙ゴミを見つける確率よりも、宝くじに当たる確率の方が高いという。

宝くじには手を出さなかったが、ゲンツ氏は先月、NASAのロケットの残骸と思われるものを発見し、大当たりを引いた。

「2月28日に自分の牧草地でこれを拾ったんだけど、最初は近所から牧草地に吹き飛ばされてきた子供のおもちゃだろうと思っていた」と、40エーカーの土地を所有する45歳のゲンツ氏は語った。

彼がその球状の物体を手に取ったとき、その説は 消え去ったと彼は言った。

「思ったより軽かった」と、電気技師のゲンツ氏は語った。「片方の端にはプラグがねじ込まれていて、反対側の端には、溶けた大きな破片が付着していた。」

その金属製の物体は、直径が約14インチ、円周が43.25インチで、重さは約16ポンドだと、彼は述べた。

ポートアーサーにあるBASFコーポレーションに勤務するゲンツ氏は、同社の専用機器を用いてその金属の試験を行った。

「分析の結果、チタン6Al-4Vであることが判明し、これで間違いなく航空宇宙産業由来のものだとわかりました」と彼は語った。「チタンは非常に高価な素材であり、理屈上、それほどの金額を支払うのは航空宇宙産業しかないと私は知っています。」

ゲンツ氏によると、その物体は打ち上げ時にロケットから燃料を押し出すために使用される加圧タンクのようだと述べた。同氏は、自分の農場の北約1マイルのところに住む隣人も、自分の土地で同様の物体を発見したと語った。

NASAの関係者からは、直ちにコメントを得ることができなかった。

「このあたりで子供のおもちゃや風船は見つけたけど、それくらいだね」とゲンツ氏は語った。「同僚たちによると、宇宙ゴミを見つけるよりも宝くじに当たるほうが20倍くらい確率が高いらしい。やっぱり、次は宝くじを買ってみるしかないかな」

Sphereの概要

ブナ球体の写真には、明らかなアブレーションの痕跡、焼け跡、およびピット状の凹みが写っている。両端には栓がある。上の写真に写っているものは溶けている。

上の写真は、小さな安全ワイヤー用の穴が開いた六角ナットと思われるものを写したものです。また、側面に「413」という数字が刻印されているようです。

上の画像は、球体の周囲にある継ぎ目を示しています。

この球体をめぐる謎は、3月10日に最初の球体から約1マイル(1.6km)離れた場所で2つ目の球体が発見されたことで、さらに複雑なものとなった。3月6日には、その近くで3つ目の球体も発見され、3月19日に私に報告があった。4月16日には、まったくの偶然により、球体#1から約1.5マイル(<3km)離れた場所で4つ目の球体が報告された。

テキサス州ブナにある4つの球体の概略位置を示すGoogle Earthの地図。

ポール・マレイと、発見順に並んだ球体1、2、4(左から右)。当時、球体3は入手できなかった。

ブナ・スフィア#2

ブナ・スフィア#3

ブナ製球体 1 および 3

ブナ・スフィア#4が森の中で発見された

ブナ製球体 1 および 4

これらの球体には、次のような共通点があります。すべてが互いに2マイル以内の範囲で発見されたこと、すべてがチタン製であること、すべてに溶接された赤道帯があること、すべてが同じ直径、円周、および空重量を有すること、すべてにアブレーションの可能性を示す「痕跡」が見られること、すべて(球体#1を除く)に刻印がないこと、すべてが両端に2つの「プラグ」を有しており、一方のプラグは溶融しているように見え、もう一方は多かれ少なかれ無傷の状態にある六角ナットであること。 宇宙ゴミの候補として挙げられているものの一つは、2月27日に同地域上空で再突入した中国のCZ-4Bロケット第3段(2012-21C)である。 しかし、球体#1の発見日はその日付と一致しない。 宇宙ゴミであるという証拠は興味深いものの、間接的なものに過ぎない。 4月26日現在、調査は継続中である。

[ 出典: Beaumenton Enterprise および Eclipse Tours ]

テキサスの「デルタII」スペースボール 1997年1月27日:デルタIIロケット

宇宙ゴミのもう一つの形態は、地球の大気圏に再突入し、地上で回収されるものです。その一例として、1996年に打ち上げられた「ミッドコース・スペース・エクスペリメント(MSX)」と呼ばれる衛星のロケットキャリアが挙げられます。MSXはデルタロケットの先端に搭載されていました。MSX衛星は、一部のセンサーの標的としてスペースシャトルを使用していたため、NASAジョンソン宇宙センターでは「ペイロード」として追跡対象とされていました。当時、私はMSXのプロジェクトエンジニアに任命されていました。1997年1月22日、デルタロケットのキャリアはテキサス州ジョージタウンとセギンの近くへ落下しました。

構造体の大部分は崩壊したが、2つの大きな破片は再突入を耐え抜き、回収されてヒューストンへ送られた。以下の写真は、それぞれチタン製の球体とタンク構造体の一部である。ある女性が、断熱ブランケットの破片に「直撃」された。

ロッティ・ウィリアムズさん(当時44歳)は、焦げた織物(10×13cm)の軽微な破片が体をかすめた。この破片は、後に1997年に大気圏に再突入したMSXデルタロケット(1996年4月打ち上げ)の残骸であることが判明した。1月22日午前3時30分、オクラホマ州タルサの66th Street NorthとLewis Avenueにある公園で、彼女は友人たちと散歩をしていた。 その時、彼らは空を横切って飛来し、破片に砕けていく火球のようなものを目撃した。それから約30分後、何かが彼女の肩に当たった。それは、溶け合った金属片のように見えた。 この再突入自体は、タルサ北部の住宅で9時間にわたる立てこもり事件に関与していたタルサ市警察の警官たちを含め、多くの人々によって目撃されていた。

[ 出典: 『TULSA WORLD』、1997年1月23日、Eclipse Tours 経由 ]

写真: ポール・マレイ

ニュージーランド・スペース・ボールズ 1972年:コスモス486号ロケットの残骸

以下は、1970年から1972年にかけてニュージーランドで発見された数多くの金属球のうち、その一つが発見された経緯についての記述である。

この球体は、4月3日に南島上空で軌道から脱落したロシアの宇宙船の一部だった。事件当夜、南島の住民からは、地響きや空に光が見えたとの報告があった。その後数週間の間に、アッシュバートン周辺の農家たちが、それぞれの敷地内で5つの大きな金属製の「宇宙の球体」を発見した。

アッシュバートンの「スペースボール」に関する公式報告書を含む、UFO目撃事件に関する政府文書の公開により、この事件に新たな光が当てられた。 オサリバンが5月11日に自身の「スペースボール」を発見した当時、彼は17歳だった。

「よく覚えています。自分で拾ったんです。カブ畑の中でした。牧草地に盛り上がったものが見えたので、死んだ羊かと思いました。近づいてみると、そこから3フィートほど離れたくぼみのそばに、金属製の球が転がっていたんです」と彼は語った。

「私はそれを拾い上げ、トラックまで運んだ。農場に戻る道中、トラックの中ではそれが私の膝の上に載っていた。警察に通報すると、彼らはまず現場から全員を退避させ、それから警官の一人が腕時計をその上にぶら下げて、放射能があるかどうかを確認した。私は思った。『それにはちょっと遅すぎるよ。帰り道、ずっと私の膝の上に載っていたんだし』と。」

その球体は、科学産業研究局によって調査のために持ち去られた。 政府の報告書によると、クライストチャーチの研究所での検査の結果、これらの球体には放射能は検出されなかったという。報告書は、これらの球体が、金星探査機の打ち上げに失敗したロシアのロケット「コスモス482」の一部であると結論づけた。報告書によると、ロシア語の刻印があったこれらの球体は、燃料タンクの加圧用、あるいは安定化用ジェットとして使用されていたという。

ロシアは破片の所有権を主張することを拒否したため、ボールはそれを発見した農家たちに返還された。オサリバン氏によると、かつてこのボールをeBayに最低落札価格50万ドルで出品したことがあるが、売れ残ってしまったという。「これはかなりユニークな品だ。宇宙船から落下したこのようなものはそう多くありません。どうやってその価値を測ればよいのでしょうか? どれくらいの値段をつければいいのでしょうか? これはスクラップ業者に売るようなものではありません」と彼は語った。

ジョン・リンドレス氏は4月3日、自宅の敷地内で謎の球体を発見した。この球体は現在、アッシュバートン航空博物館に恒久的に貸し出されている。 「最初はエイプリルフールの冗談かと思ったよ。警察が来て、それを持ち去っていった。当時はかなりの騒ぎになった。放射能が出ているのではないかと心配されたため、警察は細心の注意を払って扱った。彼らはそれをアッシュバートン刑務所に運び、一晩中鍵をかけて保管したんだ。」

[ 出典: Stuff(Eclipse Tours経由) ]

「アッシュバートンの農家、デニス・オサリバン氏は、約40年前に宇宙からの贈り物を受け取った。1972年、ビーチボールほどの大きさの20キログラムのチタン製球体が空から彼の農場に落ちてきて以来、それはずっと彼の居間の片隅に保管されている。」

この地域で2つ目の金属球が発見された。

スウェーデン・メタル・ボール 2012年7月7日:アジェナ・ロケットの圧力球

1970年代にスウェーデンに落下した金属製の球体について記述された目撃談を入手しました。出典:ロルフ・アルヴィドソン。  アルヴィドソン氏は次のように報告しています:

「この金属製の『球体』は、1970年代初頭(?)に、森林管理官のポール・ニーアガード=ペーターセン(1923-2003)によって、スウェーデン南西部のトループから南西へ約5~7km離れた人里離れた沼地で発見されました。彼はそれを自宅に持ち帰り、庭の装飾として飾っていました。彼と妻のカレンは、これが第二次世界大戦中、ドイツへ向かう途中の爆撃機編隊(英国空軍および米国陸軍航空軍)から落下したものだと考えていました。

写真の一枚に写っている素敵な女性の夫が、…約40年前にこれを見つけました。彼は2003年に亡くなったため、より正確な日付を特定することはできません。現在もスウェーデンで「安全な場所」に保管されています。円周は133 cmなので、直径は42 cm(133 ÷ 3.14)となります。また、21.40 LBSと書かれた一行もあります。重量を約10 kgと推定しましたが、これはポンド単位の重量とよく一致しています。表面には金属が溶けたような小さな痕跡もいくつか見られます。「球体」のどの部分も磁性を帯びていません…表面には他にもかなりの量の文字が書かれていますが、判読が困難です。赤外線ライトを使って確認を試みましたが、成果はありませんでした。“

球体に書かれた英語の文字。T.Fagerstrom撮影。

球体の一部に見られる削り跡や刻印から、NASAジョンソン宇宙センターの軌道上デブリ事務所は、この物体がアジェナロケットの段に搭載されていたGN2タンクである可能性が高いと推測しています。特定の宇宙ミッションとの関連は不明ですが、候補として以下の3つのミッションが挙げられています:1961-001B、1964-052B、および1967-073B。

[ 出典: Eclipse Tours ]

T・ファーガーストロムが撮影した球体。

現在の所有者の手にある球体。 (写真:R. アルヴィドソン)

タイ・スペース・ボール 2005年1月13日:PAM-Dの破片

NASAの「軌道上デブリ・ニュースレター」によると:

「4年間で3度目となる、PAM-D(ペイロード・アシスト・モジュール-デルタ)固体ロケットモーターのケースが、制御不能な大気圏再突入の後、回収された。偶然にも、これら3件の再突入はいずれも2001年、2004年、2005年の1月に発生した。また、いずれも米国全地球測位システム(GPS)用のNAVSTAR衛星の展開に使用されたものである。

直近の事例は2005年1月13日に発生し、NAVSTAR 49 PAMD(2000-071C、米国衛星番号26607)がアジア上空で再突入した。その後、STAR-48B固体ロケットモーターのチタン製ケーシングが、タイのバンコク近郊で発見された(図1)。この卵形の物体は直径1.2 m、質量50 kg以上であり、2001年1月にサウジアラビアで、また2004年1月にアルゼンチンで発見されたケーシングと非常によく似ていた。

上は、タイで発見されたPAM-Dのケースの写真です。

「スター-48ロケットモーターは、燃焼が終了するまで衛星に接続されたままであり、その任務を完了した後、地球周回軌道に入った。チタン製のロケットモーターのケースは、2005年1月13日に地球の大気圏に再突入した。このケースはタイのチャチョンサ県(バンコクの東約100キロメートル)の農村地帯に落下し、報道によると約200メートル跳ねたという。幸いにも、負傷者や物的損害の報告はなかった。その直後、タイの地元警察が破片を回収し、タイ政府当局は間もなく、その破片を博物館に展示する計画を立て始めた。しかし、米国務省およびバンコクの米国大使館職員は、タイ当局と交渉を開始し、ロケットモーターを回収して米国に返還し、再突入軌道の分析を行うこととした。

デルタII推進・兵器局のカサンドラ・パットマン中尉が、破片を宇宙・ミサイルシステムセンターへ返還する作業の指揮を執った。タイでの兵站経験を有する太平洋空軍予備役のマイク・ゼルマー少佐は、在タイ米国軍合同顧問団(JUSMAGTHAI)に連絡を取り、状況を伝えた。JUSMAGTHAIとの協力が、回収および米国への移送作業を始動させるきっかけとなった。

JUSMAGTHAIはタイ政府とのすべての移送協定を調整し、残骸を米国へ搬送する手配を行った一方、パットマン中尉はSMCの現地から回収作業の管理と監視にあたった。

残骸の回収状況が明らかになり、米空軍機動司令部による米国本土への搬送計画が立てられようとしていたまさにその時、タイ政府は政変に見舞われた。しかし、この政変は現地の回収活動には比較的影響が少なく、短期間の中断を経て、残骸は空輸された。「

NAVSTAR宇宙機の打ち上げのたびに、PAM-Dが約200 km × 20,000 kmの高度楕円軌道に投入された。2001年1月から2005年1月までの期間に、使用後3年から10年のこれらのロケット本体が計10基再突入し、回収率は30%であった。この回収率は、地球の陸地と水域の面積比と一致している。これら10基のロケット段の軌道傾斜角は22度から39度の範囲であり、再突入は北緯39度から南緯39度の間に限定された。」

[ 出典: ロサンゼルス・タイムズ(Eclipse Tours経由) ]

ワイオミング・スペース・ボール ZENIT 3F 第2段ロケットの残骸

3月21日、米国ワイオミング州で、ロシア製ロケットの段から分離した圧力球が回収された。(出典:クレイグ・デイリー・プレス紙、コロラド州クレイグ、2011年4月9日)。このロケットは、2011年1月20日に「エレクトロ-L」ミッションの一環として打ち上げられたものである。

ロバート・ダンが、その球体が設置されている場所でポーズをとっている。 (写真:エリザベス・キャンベル)

これはワイオミング州在住のロバート・ダン氏によって発見されたもので、同氏はまだ触ると温かい状態のタンクを見つけたと報じられている。

その戦車の直径は30インチ(12cm)と推定され、深さ約12インチ(4.8cm)、幅3フィート(14.4cm)のクレーターを残した。

[ 出典: Eclipse Tours ]

チタン製の球体(写真:エリザベス・キャンベル)

写真:エリザベス・キャンベル

タンクの状態は比較的良好に見えますが、右下側にへこみがあります。 (写真:ミシェル・バレック)

正体不明のスペース・ボールズ これらの球体はカザフスタンで発見されました(2009年5月14日):

2009年に販売が告知されたチタン製の球体。 [ 出典: Collect Space ] :

メキシコ(場所は不明)で発見されたこの物体は、現在個人の所有下にある。 2008年に両端に損傷を受けた。 [ 出典: Openminds.tv ] :

2008年3月24日頃、ブラジルのリオ・ゴイアスでも同様の物体が落下した。[出典:Noticias]:

2004年1月20日、アルゼンチンのサン・ロケの町の近くに、チタン製のロケットのケースが落下した。

目撃情報によると、その物体は黄色い液体を漏らしていたという。サン・ロケ市から15km離れたボロ家の所有する畑で午後発生したこの衝突による負傷者は報告されていない。(この情報を提供してくれたルイス・アウグスト・レッジャルド氏に感謝する。)

そのサイズは、周囲約3.m、長さ1.6m、幅1.4m、重量約45kgと測定された。ボーイングのシリアルナンバーはA41-8106037501-Sまたは1060370-501F(情報は不明)と確認された:

回収された残骸は、1993年10月26日にNAVSTAR-34 GPSを軌道に投入するために実施されたデルタロケットの打ち上げによるものとみられている。

アルゼンチンのサンタフェにあるフィルマット博物館の中庭に展示されている2つの宇宙球体。[ 出典: Openminds.tv ]

アルゼンチンのビクトリアにあるUFOビジョン博物館に展示されている圧力容器。[ 出典: Openminds.tv ]

かつてNORAD(宇宙管制センター)に保管されていた宇宙ゴミの写真を受け取りました。残念ながら、その出所については分かりません。

球体自体はひどく焦げている上、反対側には大きな穴が開いているにもかかわらず、上部のボルトとねじ山は無傷のまま残っていた。

[ 出典: Eclipse Tours ]

さらに多くの「スペース・ボール」が地球に降り注ぐ時、続編をお楽しみに……

合計 » UFO学 - Google Earth上のUFOオーブ艦隊 » UFO学 - ベッツの球体

» 国連が公表した回収された可能性のある宇宙物体のリスト

「宇宙飛行士の救助、宇宙飛行士の帰還および宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定」第5条に基づき、加盟国は、自国の領土内で発見された宇宙デブリに関する報告を行う。

» 宇宙ゴミの落下一覧

宇宙ゴミの落下に関する過去の記録は、エアロスペース・コーポレーションが同社のウェブサイト で公開しています。

Last updated: 02-02-2026


(2026-07-27)