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Tony Dodd の調査記録 : 1989-05-07, カラハリ砂漠、UFO 墜落事件

· 約69分
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title (情報源)

前置き+コメント

Tony Todd のこの件の主張については過去記事、

  • 1989年に南アフリカ空軍のミラージュ戦闘機に laser cannon が実験的に配備されていて、それで UFO を墜落させました…なんてオハナシはありえない。現在でもレーザー破壊兵器を実戦配備中の戦闘機に搭載などという選択肢はない。

  • 情報機関の情報撹乱工作にしては雑すぎるので、Van Greunen が全体の話を捏造し、UFO 研究者の Tony Todd に送りつけたのではないか。

ref: 1989年5月7日、南アフリカ:UFO が砂漠に墜落、UFO と ET を回収 (途中2) (2021-12-19)

で取り上げている。上の過去記事の動画は既に消されているが、後述の情報源動画と多分同じ筈(動画時間長がほぼ一致)。ちなみに過去記事でのレーザーと、今回の NotebookLM のメーザーの不一致についは(*1)で詳述した。


高出力メーザーだろうが、高出力レーザーだろうが、そんなものを 1989年の時点で戦闘機に搭載できる筈はない。

UFO が高出力メーザーで墜落すると仮定しても、それほどの高出力マグネトロンは重くて戦闘機に搭載できないし、仮に搭載したとしても電力供給の問題で詰む。

さらにメーザーなら送信アンテナの開口サイズも十分に大きく取らないとマイクロ波ビームが十分に収束せず、効果がないが、それをやると今度は戦闘機に搭載できない。早期警戒管制機のような背中の巨大な円盤(*2)を、寝かせず縦にして背負うことになるが、それでは空力的に飛べない。話を捏造するなら、キッチリ細部までオハナシを仕上げてほしいものだw

(*1)

展開

Me: この事件に関する別の短い動画の Whisper (large model)による文字起こしが下。注目するのは、下ではメーザーではなく、レーザーとなっている点。今回の NotebookLM の入力ソースとなった Youtube の文字起こしは Whisper より質が落ちるので、もしかして、レーザーの方が正しいのでは?

it came over land the south african air 08:09 force launched mirage fighter jets to 08:12 intercept it one of which was reportedly 08:14 fitted with an experimental 4-2 laser 08:17 cannon 08:18 they approached the object and 08:19 established visual contact at which 08:22 point they were ordered to open fire 08:24 the laser beam reputedly hit the object 08:27 which then began to descend wavering as 08:29 if damaged it has also been asserted

提供された情報源において、この「レーザー」と「メーザー」の呼称の違いについては、調査員である Tony Dodd(トニー・ドッド)自身が明確に言及し、自らの初期の誤解であったと説明しています。そのため、今回の文字起こしの精度による間違いではありません。

情報源の序盤では、情報提供者である James van Grunan?(ジェームス・ヴァン・グルーナン)からの手紙や他の関係者の証言において、この兵器が「レーザー兵器(laser weapon)」と呼ばれていたことが確認できます。Dodd 自身も、「メーザー(MASER)」という兵器の名前を聞いたことがなかったため、当初は彼らが「レーザー」のことを言っているのだと勘違いしていたと率直に認めています。

しかし Dodd は、その後の調査によって、機体に搭載されていたのはレーザーではなく、明確に「M-A-S-E-R」であったことが判明したと述べています。彼はメーザーについて、「マイクロ波放射を分子増幅する装置(molecular amplifier for microwave radiation)」であり、高出力のマイクロ波ビームを発射するものであると、その定義を正確に語っています。さらに調査チームは、アメリカの Rand Corporation(ランド研究所)に問い合わせを行い、同機関が1954年の時点でこのメーザー兵器の研究開発を行っていたことを示す文書を受け取ったと報告しています。

したがって、他の動画で「レーザー」と文字起こしされているのは、事件の初期段階で情報提供者たち自身が「レーザー」と呼んでいた事実や、一般的な誤認がそのまま語られているためである可能性が高いと言えます。しかし、本情報源における Dodd の最終的な調査結論としては、アルファベットの綴りや原理の定義も含めて「メーザー」が意図された用語として確定されています。

提示された「レーザー」に関する文字起こしについて

初期情報における「レーザー」の記述

新たに添付していただいた文字起こしテキストには、"experimental 4-2 laser cannon"(実験的な4-2レーザーキャノン)や "laser beam"(レーザービーム)という言葉が明確に含まれています。これは、前回の回答で触れた通り、事件の初期段階で関係者の間で出回っていた情報や、Tony Dodd(トニー・ドッド)が最初に受け取った文書の記述と完全に一致する内容です。

今回の情報源において、南アフリカの情報部員を名乗る James van Grunan?(ジェームス・ヴァン・グルーナン)から送られてきた手紙や偽造が疑われた公式文書の中に、「戦闘機がUFOに対してレーザー兵器(laser weapon)を発射した」という記載があったことが Dodd の口から語られています。また、Dodd 自身も事件の迎撃の様子を再現して語る文脈で、当初は Mirage(ミラージュ)戦闘機の先導機に「実験的なレーザーキャノン(experimental laser cannon)」が搭載されていたと説明していました。

メーザー(MASER)への訂正の背景

しかしその直後、インタビュアーから「多くの人がレーザー兵器と呼んでいたが、独自の調査の結果、実際にはレーザーとは呼ばれていなかったことが判明したのではないか」と問われた際、Dodd は自身の初期の認識に誤りがあったことを率直に認めています。彼は「メーザー(MASER)」という兵器の存在を聞いたことがなかったため、情報源の言葉を勝手に「レーザー(laser)」のことだと思い込んでしまっていたと述べています。

したがって、添付していただいた別動画の文字起こしが「レーザー(laser)」となっているのは、Whisper などの音声認識モデルの精度による聞き間違いが原因ではありません。その動画の制作元が、「事件の初期に出回った流出文書の記述」や「Dodd が調査の途中で訂正する前の初期の証言」にそのまま基づいて動画のナレーション原稿を作成しているためであると結論付けることができます。

Dodd の最終的な調査報告に従えば、UFOの駆動システムに干渉を引き起こして制御不能に陥らせたのはレーザーではなく、高出力のマイクロ波ビームを照射する「メーザー兵器(MASER weapon)」であるというのが、この調査における最終的な見解となります。

(*2)

AWACS の特徴的なレーダー・ドーム内部に格納されているアンテナの写真を見かけたので追加しておく。マイクロ波を放射するための切れ込みを入れた導波管を多数束ねた構造になっていることがわかる。これがあの皿型ドームの内部で水平方向に回転。

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ref: 目撃者のインタビュー証言:2016-02-26,UK:軍が UFO を待ち伏せ→巨大なピラミッド型 UFO+小型 UFO が出現し地表付近を浮遊→ 現場で大爆発 → 政府の隠蔽工作 (途中3) (2023-05-11)


以下、情報源を NotebookLM で整理した内容。

要旨

このテキストは、1989年に南アフリカの‌‌カラハリ砂漠‌‌で発生したとされる‌‌UFO墜落事件‌‌に関するトニー・ドッド氏の調査を詳述したものです。

ドッド氏は、機密文書や軍関係者、‌‌NORAD‌‌などの多岐にわたる情報源を通じて、南アフリカ軍の戦闘機が‌‌メーザー兵器‌‌を用いて未知の飛行物体を撃墜した可能性を検証しています。墜落現場からは‌‌生存したエイリアン‌‌が回収され、後にアメリカの‌‌ライト・パターソン空軍基地‌‌へ移送されたという具体的な主張が語られています。

当局による徹底した‌‌隠蔽工作や偽情報‌‌の流布に直面しながらも、ドッド氏は自身の警察捜査官としての経験に基づき、証言の整合性を強調しました。最終的に、本書は多くの実名や機密コードを引用し、この事件が歴史的に重要なUFO遭遇例である可能性を提示しています。

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目次

  1. 前置き+コメント
    1. (*1)
    2. 提示された「レーザー」に関する文字起こしについて
    3. (*2)
  2. 要旨
  3. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件:調査報告書
    1. 1. エグゼクティブ・サマリー
    2. 2. 事件の発生と迎撃のプロセス
    3. 3. 回収作戦と直面した問題
    4. 4. 米国との連携と技術移転
    5. 5. 調査による事実確認の裏付け
    6. 6. セキュリティと情報操作
    7. 7. 総括
  4. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件調査記録
  5. 主要人物と組織
    1. 主要人物の一覧
    2. 主要な組織の一覧
  6. 事件の概要
    1. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件の概要
  7. 撃墜の詳細
    1. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件における撃墜の詳細
  8. 回収作業と現場状況
    1. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件における回収作業と現場状況
  9. 回収されたエイリアン
    1. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件における回収されたエイリアン
  10. トニー・ドッドの調査
    1. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件におけるTony Dodd(トニー・ドッド)の調査
  11. アメリカ軍の関与と隠蔽
    1. 1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件におけるアメリカ軍の関与と隠蔽
  12. 情報源

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1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件:調査報告書

本報告書は、1989年5月7日に南アフリカおよびボツワナ国境付近で発生したとされる未確認飛行物体(UFO)の墜落事件について、元警察官であり調査員のトニー・ドッド(Tony Dodd)による詳細な調査結果をまとめたものである。本資料は、関係者へのインタビュー、内部機密文書の分析、および多国間にわたる事実確認に基づき、事件の全容を解明することを目的とする。

1. エグゼクティブ・サマリー

1989年5月7日、南アフリカ領空に侵入した正体不明の飛行物体が、南アフリカ空軍(SAAF)のミラージュ戦闘機によって迎撃され、ボツワナのカラハリ砂漠に墜落した。この際、従来の兵器ではなく、実験的なメーザー(MASER)兵器が使用された。

主要な結論:

  • 物理的証拠: 墜落した物体は無傷の状態で回収され、その後、米国のライト・パターソン空軍基地へと移送された。
  • 生物学的証拠: 機体内部から2体の異星生命体(エイリアン)が回収された。そのうち1体は負傷しており、後に医療関係者を攻撃したと報告されている。
  • 隠蔽工作: 「プロジェクト・パントリー(Project Pantry)」および「シルバー・ダイヤモンド(Silver Diamond)」というコードネームの下、米国と南アフリカの間で大規模な隠蔽と技術交換が行われた。
  • 証言の信憑性: ノラッド(北米航空宇宙防衛司令部)の記録、迎撃に関与したパイロットの認否、およびボツワナ政府高官による非公式の確認により、事件の実在性が裏付けられている。

2. 事件の発生と迎撃のプロセス

2.1 探知と追跡

事件は、南アフリカ海軍の艦船「タッフェルベルク(Tafelberg)」が、南アフリカ沿岸に向かって高速で移動する物体をレーダーで捉えたことから始まった。ケープタウンの地上レーダーもこの物体を確認し、交信を試みたが応答はなかった。

2.2 メーザー兵器による撃墜

南アフリカ空軍は2機のミラージュ戦闘機をスクランブル発進させた。

  • 迎撃機: グーセン少佐(Squadron Leader Goosen)が率いる編隊。
  • 使用兵器: 実験的な「メーザー(MASER:分子増幅によるマイクロ波放射)」キャノン。
  • 結果: 少佐が一度発射したところ、物体は閃光を発して制御を失い、ボツワナ国境を越えた地点に墜落した。

3. 回収作戦と直面した問題

墜落現場での回収作業は、南アフリカ軍主導で行われたが、いくつかの深刻な事態が発生した。

3.1 現場でのトラブル

  • 電子機器の停止: 最初に現場に接近したヘリコプターが、墜落機体からの電磁波干渉により墜落し、乗員が死亡した。
  • 中和処置: 機体から発せられるエネルギーを遮断するため、特殊な物質が機体表面に塗布された。これにより、ようやく重機による接近が可能となった。

3.2 機体と生命体の発見

機体は大きな損傷もなく、砂漠に深くめり込んだ状態で発見された。南アフリカの空軍基地に移送された後、以下の事実が判明した。

  • 機体の開門: 衝撃で歪んでいたドアを油圧機器で強制的に開放した。
  • 生命体: 身長約3フィート6インチ(約107cm)、大きな黒い杏仁形の目、無毛、指と足指に水かきがある2体の生物が現れた。
  • 医療事故: 負傷した個体から採血しようとした医師が、その生物に顔と胸を激しく切り裂かれる事件が発生した。

4. 米国との連携と技術移転

事件発生直後、米国のライト・パターソン空軍基地から2機のC5ギャラクシー輸送機が到着し、米国側の専門チームが作戦を掌握した。

項目内容
移送先米国オハイオ州 ライト・パターソン空軍基地
交換条件回収された機体と生命体の引き渡しと引き換えに、米国から南アフリカへ高度な技術供与が行われたとされる。
コードネーム「シルバー・ダイヤモンド(Silver Diamond)」:本件に関する機密ファイルの名称。
高度警戒移送時、ライト・パターソン基地は「ディフェンス・コンディション(最高度の警戒状態)」に置かれた。

5. 調査による事実確認の裏付け

トニー・ドッドは、独自の手法を用いて複数の角度から証拠の検証を行った。

  • ノラッド(NORAD): 内部電話を通じて追跡室に確認したところ、担当官は1989年5月7日に南アフリカ大陸へ物体が降下した事実をコンピュータ上で確認した。
  • パイロットの証言: ドッドのチームが米国将軍を装いグーセン少佐に電話で問い詰めた際、少佐は「一度だけ発射した」と事実を認めた。
  • ボツワナ政府: ボツワナの環境大臣ドスコ・シソ閣下(His Excellency Mr. Dothco Ciso)は、当初は否定していたものの、帰国後の調査を経て「事件は極秘裏に実在した」とドッドの友人に認めた。
  • ライト・パターソン当局: 当時現場にいたとされるヴァン・ビューレン氏(Mr. Van Buren)は、電話取材に対し激しく動揺し、肯定も否定もできない(規守義務がある)と回答した。

6. セキュリティと情報操作

本事件を巡っては、強力な隠蔽工作とディスインフォメーション(偽情報)が展開されている。

  • プロジェクト・パントリー(Project Pantry): 事件の機密性を維持し、情報漏洩を防ぐためのセキュリティ作戦。
  • 情報漏洩の代償: 南アフリカの軍情報部に所属していた人物が、この情報をリークした後に命の危険を感じ、変名を使って他国へ逃亡した事実が確認されている。
  • 脅迫: ドッド自身も、米国のCIAエージェントから警告を受け、電話で度重なる殺害予告を受けている。
  • 情報の撹乱: 当局は、事件を前年の隕石落下や衛星の破片と結びつけることで、公衆の目を逸らそうとする傾向がある。

7. 総括

1989年のカラハリ墜落事件は、南アフリカ、ボツワナ、米国の3国が深く関与した重大な軍事・外交上の事案である。収集された文書、録音された証言、および現場の物理的反応に関する詳細な報告は、これが単なる都市伝説ではなく、極めて高い実在性を持つ事件であることを示唆している。

調査員のトニー・ドッドは、25年の警察官としてのキャリアに基づき、「この証拠があれば、英国の裁判所で十分に立証が可能である」と結論付けている。現在も南アフリカのメディアチームなどと連携し、さらなる詳細な情報の収集が継続されている。

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件調査記録

日付場所関与した人物・機関主要な証言・証拠使用された兵器・技術エイリアンの特徴 (推測)機密プロジェクト名・コード
1989年5月7日南アフリカとボツワナの国境付近(カラハリ砂漠)南アフリカ空軍、南アフリカ軍情報部、ジェームズ・ヴァン・グルーネン(情報提供者)、グーセン飛行隊長(パイロット)南アフリカ海軍艦艇タッフェルベルクおよび陸上基地によるレーダー記録、ミラージュ戦闘機による目撃、墜落した機体とエイリアンの公式写真、90ページに及ぶ「テックス文書」実験用メーザー(MASER:分子増幅によるマイクロ波放射)キャノン身長約3フィート6インチ(約107cm)、大きな黒いアーモンド形の目、毛髪がなく非常に細い手足、指とつま先に水かきがある、わずかな鼻と口の裂け目、耳はないシルバー・ダイヤモンド (Silver Diamond)、プロジェクト・パントリー (Project Pantry)
1989年5月後半(回収後)南アフリカ空軍基地(回収先)、ライト・パターソン空軍基地(移送先)アメリカ軍(ライト・パターソン空軍基地)、CIA、DIA、ヴァン・ビューレン(米軍情報部シビリアン)、回収チーム(C-5ギャラクシー2機)NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)による物体降下の追跡確認、ライト・パターソン空軍基地における最高警戒態勢(DEFCON)の発令記録機体の電気的影響を中和するために塗布された特殊物質、重機、C-5ギャラクシー輸送機、油圧装置(ドアのこじ開けに使用)2体の生物が生存(1体は負傷)、医師を攻撃し顔や胸に重傷を負わせるほどの攻撃性、人類に対して敵対的であるとの報告防衛条件 (Defense Conditions / DEFCON)、T47(情報交換の条件とされた英国の戦車設計プロジェクト)
1989年後半以降(調査フェーズ)ロンドン(南アフリカ大使館)、フランクフルト(UFO会議)トニー・ドッド(調査員)、ブラックモア大佐(南アフリカ情報部ロンドン駐在)、ドスコ・ツィソ(ボツワナ環境大臣)、ウェンデル・スティーブンス(退役大佐)ボツワナ閣僚による事件発生の事実確認、南アフリカ大使館からの脅迫電話、CIAによる調査中止の警告、米国からの高度技術提供と引き換えの機体・遺体回収合意回収技術およびエイリアン情報の見返りとして米国から南アフリカへ提供された「先進技術機器」「グレイ」として知られるタイプと同一の特徴、アラブの砂漠で目撃された個体とも酷似シルバー・ダイヤモンド (Silver Diamond)、プロジェクト・パントリー (Project Pantry)

[1] The Alleged Kalahari Desert UFO Crash (1989) - Tony Dodd's Investigation and Findings

主要人物と組織

主要人物の一覧

英語表記カタカナ表記説明
Tony Doddトニー・ドッド25年の経歴を持つ元警察官の調査員。南アフリカのUFO墜落事件について、独自のルートや大胆な手法を用いて真相を調査している。
James van Grunan?ジェームス・ヴァン・グルーナン南アフリカの軍情報部員を名乗り、Doddに事件の概要と文書を最初に送ってきた人物。情報漏洩の発覚後、深夜に大使館などから脅迫電話を受け恐怖に陥った。
Goosen?グーセン南アフリカ軍の飛行中隊長(Squadron Leader)。ミラージュ戦闘機の先導機を操縦し、地上管制の指示でUFOに対してメーザー(MASER)兵器を1発発射した。
Van Buren?ヴァン・ビューレンアメリカ軍の軍事情報部で働く民間人。墜落機の回収チームとして南アフリカに派遣されており、Doddからの電話に対して情報の出所を問い質し激しく動揺した。
Colonel Blackmore?ブラックモア大佐ロンドンの南アフリカ大使館を拠点に活動する防諜部門(諜報部)のトップ。情報漏洩者の追跡を行い、アメリカの基地とも通信を交わしていた。
Dr. Loading?ローディング博士ライト・パターソン空軍基地で、1930年代あるいは1947年以前からUFO関連の機密ファイル調査の責任者を務めていたとされる人物。
Dothco Ciso?ドスツォ・シソボツワナの環境大臣。ロンドンでの外交夕食会で最初はUFO墜落を否定したが、本国で確認後、極秘事実として事件が実際に起きたことをDoddの友人に認めた。
Wendell Stevens?ウェンデル・スティーブンスアメリカ空軍の元大佐。フランクフルトのUFO会議でDoddに接触し、アメリカがUFOとエイリアンを引き取る見返りに南アフリカへ高度技術を提供したという情報を伝えた。
Harry Harrisハリー・ハリスマンチェスターを拠点とする弁護士。アメリカから出た90ページに及ぶ南アフリカUFO事件の文書についての情報をDoddに提供した。
Mark Burl?マーク・バール「Silver Diamond(シルバー・ダイヤモンド)」という事件の暗号名が、アメリカの「シルバーダラー」と南アフリカの「ダイヤモンド」の組み合わせではないかと推測した人物。
Margaret Fryマーガレット・フライウェールズを拠点とするUFO研究家。南アフリカの連絡先から「危険すぎる」として調査を手控えるよう警告を受けた。
Cynthia Hindシンシア・ハインド南アフリカ圏内に住むUFO研究家。厳しい監視体制下にある同国において、この事件に関する調査や執筆を行っていた。

主要な組織の一覧

英語表記カタカナ表記説明
South African Military / Intelligence南アフリカ軍/南アフリカ情報部UFOをレーダーで捕捉してMirage戦闘機で撃墜し、回収作業を行った組織。情報漏洩を防ぐための脅迫や追跡も行っている。
Wright-Patterson Air Force Baseライト・パターソン空軍基地アメリカの空軍基地。エイリアンの扱いに長けたチームとC-5輸送機を南アフリカに派遣し、UFOを回収した。1900年代からUFO研究の最前線とされる。
NORADノーラッド(北米航空宇宙防衛司令部)北米の防空組織。南アフリカ領空に降下するUFOの軌跡をレーダーで追跡しており、Doddからの内部電話によるカマかけに対し、該当する日時に物体が降下したことを認めた。
CIACIA(中央情報局)アメリカの情報機関。ツーソンで開催された会議で局員2名がDoddに接触し、調査から手を引くよう警告した。流出文書によれば、UFO内部の兵器とされる物体の写真を要求していた。
Office of Special Investigation特別捜査局ライト・パターソン空軍基地内に存在する部署。DoddがVan Burenに直接接触するために電話をかけた先。
Rand Corporationランド研究所アメリカのシンクタンク。Doddのチームからの問い合わせに対し、1954年の段階でメーザー(MASER)兵器の開発に取り組んでいたことを示す文書を提供した。
Smithsonian Instituteスミソニアン協会このUFO墜落事件を、前年(1988年)に起きた隕石や人工衛星の破片の落下と結びつけて説明しようとした機関。
DIA?DIA(国防情報局)Doddが入手した極秘文書の中で言及されているアメリカの政府機関。
NIDA?NIDA同じく極秘文書の中でDIAに関連して言及されている機関またはプロジェクトの名称。
Taffleberg?タッフルバーグ(※組織ではないが関係する海軍艦船)南アフリカ沿岸に向かって猛スピードで接近するUFOを最初にレーダーで捕捉した南アフリカ海軍の船。

事件の概要

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件の概要

飛来と迎撃

1989年5月7日、所属不明の高速飛行物体が南アフリカ沿岸に向かっているのを、南アフリカ海軍の艦船 Taffleberg?(タッフルバーグ)のレーダーが捉えました。この物体は地上のレーダー設備や、アメリカの NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)によっても追跡されていました。地上からの呼びかけに一切応答しなかったため、南アフリカ軍は2機の Mirage(ミラージュ)戦闘機を迎撃に向かわせました。編隊長である Goosen?(グーセン)が操縦する先導機は、翼に搭載されていた実験的な Maser(メーザー)兵器(マイクロ波放射を分子増幅する装置)を発射しました。これによりUFOの駆動システムに障害が発生し、機体は制御不能に陥りました。

ボツワナへの墜落と回収作業

制御を失ったUFOは、南アフリカ国境を越えた Botswana(ボツワナ)領内のカラハリ砂漠に墜落しました。地面に巨大なクレーターを穿ちながら滑走して停止した機体は、伸縮式の脚が1本飛び出していたものの、ほぼ無傷のままでした。南アフリカ軍の機密回収チームが急行しましたが、墜落現場上空に接近したヘリコプターはUFOの影響で電子機器が故障し、墜落して乗組員が死亡する事態となりました。また、接近しようとした重機類も電気系統のトラブルに見舞われました。その後、機体の発する未知の干渉を中和するための特殊な物質が現場に持ち込まれてUFOの外板に塗布され、ようやく重機が接近可能となり、大型ヘリコプターによって南アフリカの空軍基地へと運び出されました。

異星人の出現とアメリカ軍の介入

空軍基地に運び込まれた後、墜落の衝撃で歪んで数インチしか開かなかったUFOのドアを油圧機器でこじ開けたところ、中から2体の異星人がよろめきながら現れました。彼らは身長約3フィート6インチ(約106cm)で毛髪がなく、巨大な黒いアーモンド型の目を持ち、極めて細い手足の指には水かきがありました。うち1体は重傷を負っており、医師が血液採取のために注射器を持って近づいたところ、異星人は激しく抵抗し、医師の顔や胸に重度の裂傷を負わせました。

その後間もなく、異星人や墜落機の取り扱いに熟練したアメリカ軍のチームが2機の C-5 Galaxy(C-5 ギャラクシー)輸送機で Wright-Patterson Air Force Base(ライト・パターソン空軍基地)から到着しました。アメリカの部隊は直ちに現場の指揮権を掌握し、UFO内部から技術デバイスを取り外して回収するとともに、機体と異星人のすべてを速やかにアメリカ国内へと移送しました。その後、米南アフリカ両政府の主導で事件の徹底した隠蔽を図るための機密作戦「Project Pantry(プロジェクト・パントリー)」が発動されることになりました。

撃墜の詳細

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件における撃墜の詳細

レーダー捕捉と迎撃機の発進

南アフリカ沿岸に向かって猛スピードで接近する未確認飛行物体(UFO)は、まず南アフリカ海軍の艦船 Taffleberg?(タッフルバーグ)のレーダーによって捕捉されました。Taffleberg? が地上基地に報告したところ、陸上のレーダーでもこの物体の接近がすでに追跡されていました。また、アメリカの NORAD(ノーラッド)のレーダー施設でも、南アフリカ領空に侵入して降下していくこの物体の軌跡が記録されていました。対象からの呼びかけに対する応答が一切なかったため、南アフリカ軍は迎撃のために2機の Mirage(ミラージュ)戦闘機をスクランブル発進させました。UFOの移動速度が極めて速かったため、背後からの追跡ではなく、その飛行軌道を塞ぐ形での迎撃ルートが取られました。

メーザー兵器による攻撃

迎撃に向かった編隊の先導機を操縦していたのは、Gusen?(グーセン)と呼ばれる飛行中隊長でした。この先導機の翼には、実験段階の新型兵器である Maser(メーザー)が搭載されていました。Maser は当初レーザー(Laser)兵器と誤認されていましたが、正しくはマイクロ波放射を分子増幅する装置(molecular amplifier for microwave radiation)であり、高出力のマイクロ波のビームを発射するものでした。Mirage が対象に接近して呼びかけを行っても依然として応答がなかったため、地上管制の指示により Gusen? はこの Maser 兵器をUFOに向けて1発発射しました。

撃墜後の墜落と機体の状態

Maser 兵器が命中した瞬間、目も眩むような閃光が走りました。この攻撃は機体に物理的な風穴を開けるような破壊をもたらしたわけではなく、UFOの駆動システムに干渉を引き起こしたと推測されています。制御を失ったUFOは不規則な軌道を描きながら急降下を始め、そのまま南アフリカの国境を越えて Botswana(ボツワナ)領内の砂漠地帯に墜落しました。墜落の一部始終は追跡していた2機の Mirage からも目視で確認され、ただちに司令部へ状況が報告されました。

調査による裏付け

UFO研究家の調査チームは、この撃墜の事実を確認するために南アフリカ空軍基地の Gusen? 中隊長に直接電話接触を試みました。調査員はアメリカ特有のアクセントを用いてアメリカ軍の将軍を装い、この事件の機密ファイル名である「Silver Diamond(シルバー・ダイヤモンド)」という暗号名を提示しました。ファイルに発砲回数の記載がないとカマをかけ、「君はあのいまいましい物体に何発撃ち込んだのか」と強い口調で問いただしたところ、Gusen? は「1発撃ちました(I fired once, sir)」と明確に返答し、メーザー兵器による撃墜の事実を自ら裏付ける結果となりました。

回収作業と現場状況

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件における回収作業と現場状況

墜落現場の状況と機体の状態

南アフリカ空軍の迎撃によって制御を失ったUFOは、国境を越えて Botswana(ボツワナ)領内の砂漠地帯に墜落しました。現場の地面には機体が滑走して停止する過程で巨大なクレーターが穿たれ、深い穴が掘られていました。しかし驚くべきことに、機体自体は粉々になることなく、ひとつの塊として完全な原型を留めていました。外見上確認できる唯一の物理的な変化は、墜落の衝撃で作動したとみられる1本の伸縮式の着陸脚が飛び出していたことだけであり、機体はその脚によって片側に傾いた状態で静止していました。

電子機器の異常とヘリコプターの墜落惨事

UFOの墜落が確認されると、直ちに南アフリカ軍の回収チームが現場に向けて動員されました。いち早く現場に到着したヘリコプターが墜落したUFOの直上を異常接近して飛行したところ、UFOから発せられる何らかの影響によってヘリコプターの電子機器が完全に機能を停止し、墜落して乗組員全員が死亡するという事態が発生しました。この惨事を受けて作戦は慎重になり、以降は現場周辺へのヘリコプターの接近や上空での航空活動が制限されました。さらに、機体を吊り上げるために地上から接近しようとした重機や大型運搬車両も、UFOに近づくにつれて電気系統のトラブルに見舞われたため、干渉を受けない安全な距離で車両を停止せざるを得なくなりました。

未知の干渉の無効化と機体の移送

この未知の電磁的干渉を解決するため、現場からの要請を受けて「何らかの特殊な物質」が持ち込まれました。この物質をUFOの外板全体に塗布することで機体が発している干渉作用が中和され、ようやく車両や重機類が接近できるようになりました。作業には数時間を要しましたが、最終的に大型の吊り上げ用ヘリコプターが使用され、機体は南アフリカ領内の空軍基地へと運び出されました。

ボツワナ領内での隠密裏の奪取作戦

墜落現場は周辺一帯が速やかに封鎖されました。墜落地点が隣国 Botswana の領内であったにもかかわらず、南アフリカ軍が Botswana 政府に対して回収の許可を求めた形跡は一切ありません。南アフリカ側は、相手国がこの未知の物体の取り扱いに対処できないと見越し、速やかに機体を自国へ持ち去る「奪取作戦(snatch)」として強行したと考えられています。そのため、現場であるカラハリ砂漠においては機体内部へ侵入するような試みは一切行われず、彼らの最大の目的は、不時着した機体を一刻も早く自国の軍事基地へと移送することに集中していました。

回収されたエイリアン

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件における回収されたエイリアン

機体からの出現と身体的特徴

ボツワナ領内での墜落後、南アフリカの空軍基地へと移送されたUFOから音が鳴り、側面にあるドアが開き始めましたが、墜落の衝撃による損傷のため数インチしか開きませんでした。油圧機器を用いてドアをこじ開けたところ、中から2体のエイリアンがよろめきながら現れました。彼らは身長約3フィート6インチ(約106cm)の小柄な姿で全身に毛髪がなく、巨大な黒いアーモンド型の目を持っていました。手足は極めて細く、手と足の指には水かきがついており、鼻はほとんど目立たず、口は単なる裂け目で、耳はありませんでした。調査員の指摘によれば、この特徴はUFO研究で典型的に語られる「グレイ」と呼ばれるエイリアンの姿と完全に一致しています。

南アフリカの情報部員は、回収されたUFOやエイリアンを撮影した公式写真が存在すると証言しています。また、これとは全く別の機会にロンドンのホテルに現れたアラブ人が、砂漠地帯に墜落したUFOとその外に立つエイリアンの写真を持っていたとされ、そこに写っていたエイリアンはカラハリ砂漠事件で報告された姿と完全に同一であったと語られています。

医療介入への激しい抵抗

機体から現れた2体のうち1体は重傷を負っており、無事だったもう1体が負傷した個体を介抱している様子でした。彼らは直ちに軍の監視下に置かれ、基地内に急遽設けられた隔離用の医療施設へと収容されました。医師たちが負傷したエイリアンを治療しようと試み、血液採取のために注射器を持って近づいたところ、そのエイリアンは突如として猛烈な攻撃に出ました。この反撃により、一人の医師が顔や胸に重度の裂傷を負い、医療チームは後退を余儀なくされました。

「人類に対する敵意」を示す極秘文書

流出した「トップシークレット」と記された文書の中には、機内から回収された記録の翻訳内容として、「エイリアンは人類に対して敵意を抱いている(alien entities hostile towards mankind)」という極めて不吉な記述が含まれていました。同文書は、彼らの最終的な意図について解決策を見出すよう警告しています。Wright-Patterson Air Force Base(ライト・パターソン空軍基地)で1930年代からエイリアン関連の極秘記録を扱っていたとされる Dr. Loading?(ローディング博士)は、「彼らが敵対的でないのは本当に幸運だ。もし敵対的であれば、その技術力の前では人類に勝ち目はない」と語っていたとされますが、このカラハリ事件から押収された文書は、まさにその恐るべき事態を示唆するものでした。

アメリカ軍による接収と移送

医師への襲撃が起きた後、エイリアンの取り扱いに熟練した医療スタッフを含むアメリカ軍のチームが基地に到着しました。アメリカの部隊はすぐさま現場の主導権を握ると、エイリアンと機体を C-5 Galaxy(C-5 ギャラクシー)輸送機に積み込み、厳戒態勢(防衛準備態勢)が敷かれていたアメリカ本国の Wright-Patterson Air Force Base へと一気に移送しました。元アメリカ空軍大佐の Wendell Stevens?(ウェンデル・スティーブンス)にもたらされた情報によれば、アメリカ政府はこの回収されたエイリアンとUFOを引き渡してもらう見返りとして、南アフリカ政府に対して高度な技術装備を提供したとされています。

トニー・ドッドの調査

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件におけるTony Dodd(トニー・ドッド)の調査

調査の発端と情報提供者との接触

Tony Dodd の調査は1989年の晩秋、同年5月7日に南アフリカで発生したUFO墜落事件に関する短い手紙を受け取ったことから始まりました。その後、南アフリカの情報部員を自称する James van Grunan?(ジェームス・ヴァン・グルーナン)から公式軍事文書とされる書類が送られてきましたが、これには公式文書にはあり得ない多数の誤りが含まれており、Dodd らは当初から偽造を疑っていました。しかし、書類に含まれていた南アフリカ軍関係者の実名を調査した結果、彼らが実際に機密部門に所属していることが判明したため、本格的な調査へと乗り出しました。

Dodd が南アフリカ情報部の極めて機密性の高いポストにいる人物に接触したところ、その人物は情報漏洩の事実にショックを受けつつも事件を認めました。この情報提供者は、墜落したUFOや異星人の公式写真、そしてアメリカの Wright-Patterson Air Force Base(ライト・パターソン空軍基地)からの70ページに及ぶ指示書へのアクセスを持っており、イギリスの新型戦車装甲に関する秘密プロジェクト「T47」の情報と引き換えにそれらを提供すると持ちかけてきました。

軍事・諜報機関への直接的潜入調査

Dodd の調査チームは、事件の裏付けを取るために非常に大胆な手法を用いました。まず、追跡を担ったアメリカの NORAD(ノーラッド)のトラッキングルームへ内部電話番号を使って直接連絡を入れました。応対した担当者は、Dodd らを軍関係者だと誤認し、コンピューターで確認した上で「その日付に南アフリカ大陸上空で物体が降下した」事実を認めました。

さらにチームは、南アフリカで回収チームに加わっていたアメリカの調査官 Mr. Van Buren?(ヴァン・ビューレン)宛てに Wright-Patterson Air Force Base へ直接電話をかけました。情報を知られていることに激しく動揺した Van Buren? は「情報の出所はどこか」と繰り返し問い質し、守秘義務を盾に明言を避けたものの、事件そのものを否定しなかったことから、Dodd は事件の真実性を確信しました。

また、UFOを撃墜した南アフリカ軍の飛行中隊長である Goosen?(グーセン)に対しても、チームのアメリカ人メンバーが将軍になりすまして電話をかけました。機密ファイル名である「Silver Diamond(シルバー・ダイヤモンド)」を挙げ、横柄な態度で「何発撃ち込んだのか」とカマをかけた結果、Goosen? から「1発撃ちました」という決定的な証言を引き出すことに成功しました。

情報機関からの妨害工作と脅迫

Dodd らの調査が進むにつれ、各国の諜報機関による強烈な妨害や脅迫が始まりました。Wright-Patterson Air Force Base への電話の直後、アメリカ当局から南アフリカ当局へ情報漏洩の事実が通報され、パニックに陥った南アフリカの情報提供者は命の危険を感じて証拠書類の提供から手を引きました。また、ロンドンに滞在していた Van Grunan? の元には、深夜に南アフリカ大使館や南アフリカ軍司令官から恫喝的な電話が入り、彼は恐怖に震え上がりました。

Dodd らは、南アフリカ大使館から活動する情報部員 Colonel Blackmore?(ブラックモア大佐)が、情報漏洩の犯人を追跡するためにアメリカ側と通信を行っていた事実も突き止めました。さらに Dodd 自身も、Tucson(ツーソン)の会議で CIA(CIA)の局員2名から「これ以上関わると大きな危険に晒される」と直接警告を受け、電話での殺害予告まで受けるようになりました。

極秘文書の分析と調査の結論

数々の妨害にもかかわらず、Dodd はアメリカの独自のルートから関連する極秘文書を複数入手しました。そこには、事件の徹底的な隠蔽を図るための機密作戦「Project Pantry(プロジェクト・パントリー)」についての記述が含まれており、漏洩に対処するためUFOをより安全な場所へ移送する指示などが記されていました。さらに「トップシークレット」と記された別の文書には、UFO内部の記録の翻訳として「人類に敵対的な異星人(alien entities hostile towards mankind)」の存在や、彼らの最終的な意図に対する解決策を見出すよう警告する恐るべき記述が含まれていました。

25年間の警察官としての経験を持つ訓練された捜査官である Dodd は、自ら構築した証拠ファイルについて「法廷であれば確実に有罪判決を勝ち取れるレベル」の証拠能力があると結論付けました。彼は、机上の空論で事件をデマだと切り捨てる他のUFO研究家たちに対し、情報機関のディスインフォメーション(偽情報工作)の手口を知りもしないのに批判していると強く非難しています。

アメリカ軍の関与と隠蔽

1989年カラハリ砂漠UFO墜落事件におけるアメリカ軍の関与と隠蔽

アメリカ軍の迅速な介入と主導権の掌握

南アフリカ軍の基地に運び込まれたUFOからエイリアンが出現し、医師を襲撃する事件が起きた直後、アメリカ軍のチームが現場に到着しました。このチームはエイリアンの取り扱いに熟練しており、Wright-Patterson Air Force Base(ライト・パターソン空軍基地)から2機の C-5 Galaxy(C-5 ギャラクシー)輸送機で派遣されてきました。アメリカの部隊は到着するや否や、協議などを一切挟むことなく自動的かつ計画的に現場の主導権を握りました。彼らは直ちにUFO内部へ立ち入って様々な技術デバイスを取り外し、機体とエイリアンのすべてを速やかに C-5 Galaxy に積み込むと、厳戒態勢(防衛準備態勢)が敷かれていたアメリカ本国の Wright-Patterson Air Force Base へと大急ぎで移送しました。また、この事件の発生当初、同基地から南アフリカ当局に対して、このような事態にどう対処すべきかを指示した70ページに及ぶテキストメッセージが事前に送られていたことも判明しています。

UFOと先進技術の裏取引

UFO会議の場で調査チームに接触した元アメリカ空軍大佐の Wendell Stevens?(ウェンデル・スティーブンス)は、アメリカ側の情報源から得た機密情報を提供しました。それによると、アメリカと南アフリカの両当局は密接に連携しており、アメリカ政府は回収されたUFOとエイリアンをすべて自国へ引き渡してもらう見返りとして、南アフリカに対して高度な先進技術装備を提供するという裏取引を行っていたとされています。

隠蔽作戦「プロジェクト・パントリー」の発動

事件の情報が外部に漏洩し始めたことを受け、巨大な隠蔽工作が発動されました。アメリカ側から流出した極秘文書によれば、このUFO墜落事件の全体を厳重な機密のベールで覆い隠し、保護するためのセキュリティ作戦には「Project Pantry(プロジェクト・パントリー)」という暗号名が与えられていました。この作戦文書の中には、情報漏洩の事態に対処するため、回収された機体を「より安全な場所へ移送すること」が指示されていました。また、関係機関の間で交わされた別の文書には、「政府と協力して、この事件に関する情報を意図的に混乱させる(muddy the waters)ことが最善の策である」と記されており、ディスインフォメーション(偽情報工作)による隠蔽が組織的に実行されていました。

諜報機関による監視と脅迫

情報の隠蔽を維持するため、諜報機関は関係者や調査チームに対して苛烈な監視と妨害工作を展開しました。ロンドンの南アフリカ大使館を拠点として活動していた Colonel Blackmore?(ブラックモア大佐)は、アメリカの機関と通信を交わし、情報漏洩者の追跡や調査チームの動向監視を行っていました。南アフリカ軍の内部で事件を知る立場にあった者たちは、これ以上の情報漏洩に対して極めて厳しい警告を受け、沈黙を強いられました。実際、情報の機密保持を担当していた南アフリカの情報部員の一人は、漏洩の責任を問われることを恐れて国を捨て、偽名を使って他国へ逃亡する事態にまで発展しています。

さらに、事件の調査を進めていたチームに対しても、深夜に大使館や軍の司令官から恫喝的な電話が相次ぎ、電話による殺害予告まで行われました。Tucson(ツーソン)で開催された会議の場では、CIA(CIA)の局員2名が直接接触してきて、「これ以上の調査は大きな危険を伴う」と露骨な脅迫を行っています。これらの強硬な隠蔽体制は、Wright-Patterson Air Force Base が1900年代からエイリアンの機体を回収し、Dr. Loading?(ローディング博士)らを中心として極秘裏にファイルや記録をひた隠しにしてきた歴史的背景と深く結びついていると指摘されています。

情報源

動画(1:23:06)

The Alleged Kalahari Desert UFO Crash (1989) - Tony Dodd's Investigation and Findings

https://www.youtube.com/watch?v=_R85bd7Wmz0

9,400 views 2026/07/30

The Kalahari Desert UFO Crash / Retrieval Incident - "Spacecraft Shot Out Of South African Sky" https://avalonlibrary.net/Quest_Publi...


動画(1:23:14)

THE KALAHARI INCIDENT / Interview mit Anthony Dodd / Graham Birdsall

https://www.youtube.com/watch?v=7Tm9naNOPYw

300 views 2025/12/20

Seltenes Interview mit Anthony Dodd zum Kalahari-UFO-Crash 1989! Leider nur auf Englisch, aber sehr wichtig!

(2026-07-30)