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2026-05

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ミートたけし : ジャズ界の生理的嫌悪と音楽の「品格」

· 約60分
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(全体俯瞰 : AI 生成) click で拡大

title (情報源)

前置き+コメント

ミートたけし のこの動画は

二見勇気(ゆうこりん) : 日本ジャズ界の形骸化と本質の探求

が背景文脈にある。


確かに ミートたけし が主張するように「音楽に善し悪しはない」。音楽は道徳でも倫理でも宗教でもないゆえに当然の話。

だが、音楽には個々人の主観的な「好き嫌い」以外に、質の違い(=音楽性、訴求力、技量、洗練度、精神性…などの評価軸)は明確にある。

実際、ミートたけし は

音楽に「良い・悪い」は存在せず、「好き・嫌い」という主観こそが全てである。

と断定しているが、その一方で

発信者は、ゆうこりん個人に対して極めて対照的な二つの評価を下している。

技術・音楽性への評価

  • ジャズ演奏の技能: ジャズピアニストとしての腕前は「間違いなく上手い」と認めており、カテゴリー内では非常に優れた奏者であると評している。
  • 他ジャンルへの適性: 一方で、ファンクやヒップホップ的なパターン演奏については「下手」と感じ、不得意な分野には手を出さない方が良いとの見解を示している。

と主張するように、ミートたけし 自身も決して「好き・嫌い」だけでは判断していない。

さらに、自身も

ジャズが「一生勉強し続ける音楽」であることは認め

て求道者のように歩んでいるからには、Jazz 音楽に猥雑な日常を超えた

  • (a) 超越/本源/絶対/本物

の 気配/オーラ を感知しているのは明らかだが、

  • (b1) その感知を他者に押し付けず、
  • (b2) 音楽は大したものではない

という謙譲の姿勢を彼の「美学」にしている。

一方、二見勇気はこの b1, b2 に対して

  • (c1) その感知を他者に布教し、
  • (c2) 「音楽は凄いものだ、それを分かれ」と明確に主張する姿勢

を自身の使命とし、美学としている。要するに、二見勇気 も ミートたけし も a については同じ見解で、他者に布教するかしないかの美学が異なるだけ。


二見勇気が言う通り、J-POP なるものは薄っぺらく、幼稚で低レベルなものが多い。敢えて(大人や世間への不服従として)計算され演出された「幼さ、あどけなさ、未熟さ、無垢性」(= 萌えの要素)を日本での商業的武器にしている面もある。

評価軸は音楽のそれとでは異なれど、個々の人間とその全ての活動は周囲によって「好き嫌い」とは別に質を値踏みされ、評価される。音楽も人間の活動なので必然的に質を値踏みされる運命。

ただし、稀にだが突然変異のように「質の高い未熟さ」、「未完成の完成」とでも言えるような、既存の評価軸をぶち壊すようなジャンルや楽曲が発生することがある。楽曲なら異様な輝きを放つ(John Cage の 『4分33秒』 のようなあざとく奇矯な一発ハッタリ芸とは別物)。


話を戻して、

Jazz に限らず音楽一般、さらには様々な芸術に日常世界を超えた

  • (a) 超越/本源/絶対/本物

の 気配/オーラ を人間は感知するが、a の正体は何だろうか? 人はそれを老子のいう「道」の類、

  • どこかに実在する何か、
  • 追求の末に見出すべき究極の境地

だと思い込んでいるが、その正体は老子の道も含め、

  • 猥雑な日常世界を裏返して不純物を捨象し、それを彼方に投影した幻影

でしかない。日常世界の裏返して不純物を捨象した投影であるから、憧憬を伴った

  • (a) 超越/本源/絶対/本物

の 気配/オーラ が纏わりつく。つまり a の正体は

  • 日常世界を反転した(=捨象され裏返しに投影された)鏡像

であり、実体はどこにも存在しない。

音楽芸術は目にも見えず、手で触れもせず、聴いた瞬間から消えてゆくという特質があり、具象性が極めて希薄なゆえに、この 気配/オーラ が纏わりつき易い。


以下、情報源を NotebookLM で整理した内容。

要旨

YouTubeチャンネル「ミートたけし」の動画において、投稿者は特定のジャズ系YouTuberに対する‌‌生理的な嫌悪感‌‌を率直に語っています。

彼は、相手の演奏技術や音楽理論の正しさを否定しているのではなく、その‌‌表現スタイルや容姿‌‌が受け入れられないと強調しています。一方で、その人物を「技術はあるのにやり方が悪い」と上から目線で批判するプロのジャズ演奏家たちに対しても、‌‌本音を隠した偽善的で不快な態度‌‌であると痛烈に批判しています。

投稿者の持論によれば、音楽に絶対的な正解はなく、‌‌個人の主観による好き嫌い‌‌で語るべきであり、知識で他者を見下す傲慢な姿勢こそがジャズ界の閉鎖性を招いていると指摘しています。

最終的に、音楽は人々を幸せにするためのエンターテインメントであるべきであり、‌‌言葉による補足や他者への攻撃‌‌が必要な表現は未熟であると結論付けています。