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2026-06

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永井均の哲学講義:〈私〉の存在と横の問題 ⇒ これを解く

· 約133分
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(全体俯瞰 : AI 生成) click で拡大

title (情報源)

前置き+コメント

渡辺恒夫の『<私の死>の謎』に関連して 永井均 の講演動画が Youtube のお勧めにでてきたので、それを AI で整理した。ついでにその講義動画の中で永井均が提起した問題を解く。


永井均の

結論:世界を開滅させる唯一の原点 これらのソースがより大きな文脈の中で言おうとしているのは、〈私〉という存在が、世界の中に配置された単なる一部品ではなく、世界の存在そのものを成立させ、また消滅させる唯一の絶対的な原点であるということです 。〈私〉がいることによって初めて世界が生じ、〈私〉が死ぬことによって世界が滅するという事実 は、これまでの講義で語られてきた「いかなる属性にも依存しない特権的な存在」が、いかに宇宙的でメタフィジカルな謎であるかを最も劇的な形で示しています。

という主張にある

  • 「世界を開滅させる唯一の原点」としての<私>
  • 〈私〉がいることによって初めて世界が生じ、〈私〉が死ぬことによって世界が滅するという事実

という問題提起が、過去記事で

試しに

  • 「私」が存在しない世界は、存在すると言えるだろうか?

と自問すると、妙に落ち着かない気分になる筈。

この「私」が死んで無に帰した時(天国や地獄に行って現実世界から完全に無縁となり、以後は二度と関係しなくなった仮定しても同じ。or 別次元の超越的存在になったと仮定しても良い )、私がかつて生きていた「かつてのあの世界」はまだ存続していると言えるだろうか?

実は、この自問は「引っ掛け問題」になっている。先の無自覚の確信…

ref: 自我体験(意識)の超難問を解く ⇒ 生まれたのは細胞組織の塊でまだ「私ではない」(書式変換) (2024-12-23)

と書きかけて放置したままだったことを思い出させた。そこで、この書きかけを完成させることで、永井均が提起した問題を解決させる。


「私」が存在しない世界は、存在すると言えるだろうか?…これを解く

永井均の

  • 「世界を開滅させる唯一の原点」としての<私>
  • 〈私〉がいることによって初めて世界が生じ、〈私〉が死ぬことによって世界が滅するという事実

という問題提起(A)もそうだが、この

  • 「私」が存在しない世界は、存在すると言えるだろうか?

という問い(B)自体が、「引っ掛け問題」になっている。なぜか?

この A と B の背景文脈に登場する「世界」には以下の全く異なった二つの世界、

  • 世界1 : 「私」の外側に存在する客観的な世界。物理的な世界

  • 世界2 : <私>が意識の中で構築した主観的な「世界モデル」

があり、その二つの全く異なった世界を混同させているから永井均のいう「宇宙的でメタフィジカルな謎」という難問が生じる。

永井均の問題提起 A の表現を直せば、

  • 「 世界2 を開滅させる唯一の原点」としての<私>
  • 〈私〉がいることによって初めて 世界2 が生じ、〈私〉が死ぬことによって 世界2 が滅するという事実

となり、ごく当たり前の話となり、謎は消える。

また、B も

  • 「私」が存在しない 世界1 は、存在すると言えるだろうか?

となり、「私が死ねば 世界2 は消えるが、世界1 は存続する」というごく当たり前の話に帰着する。


…とまぁ、以上のようにごくごく簡単に解けると私は思うのだが。

私のような哲学のド素人はこの問題が抱えている幽玄な哲学的精髄が見えず、永井均にはそれが見えているのか?

関連

「無数の人間がいるのに、なぜたったひとりのこの俺が――俺なんだ?」⇒ この難問を解く (途中1)(書式変換) (2024-12-23)

意識の易問、難問、超難問 (2012-03-12)

メモ:独我論的体験と自閉症の類似 (2012-10-08)


以下、情報源を NotebookLM で整理した内容。

要旨

哲学者である‌‌永井均‌‌が、自らの思想体系である「‌‌永井哲学‌‌」の根本にある「‌‌〈私〉の存在‌‌」について語った講義の記録です。

永井は、世界に数多の人間がいる中で、なぜ「‌‌この肉体の目からしか世界が見えないのか‌‌」という‌‌独我論的‌‌な謎を、他の誰とも置き換えられない‌‌唯一無二の事実‌‌として提示します。

この「‌‌山括弧付きの〈私〉‌‌」という概念は、科学や心理学的な属性では説明できない‌‌根源的な不思議‌‌であり、同様の構造を持つ「‌‌今‌‌」や「‌‌現実‌‌」という概念との‌‌類比‌‌を通じて考察が進められます。講義では、他人がゾンビである可能性や自己の分裂という‌‌思考実験‌‌を交え、日常的な理解の奥に潜む‌‌世界の非対称性‌‌が浮き彫りにされています。

最終的に、説明不可能なまま手つかずに残されたこの‌‌驚くべき事実‌‌こそが、哲学の真の出発点であることが示唆されています。